セレブ・フラッシュ〜芸能人の秘密



このページは 2007年 02月 05日 14時01分59秒 にクロールしたキャッシュ情報です。

ターゲット・セレブ= 熊田曜子

少女とは?

[ 211] X51.ORG : 顔のない少女
[引用サイト]  http://x51.org/x/04/12/1419.php

【News11】子供を授かり生まれるまでの間、夫婦達は想像を膨らませては、幸福に満ちたひと時を過ごす。「母親に似てるだろうか?」「お父さんに似た目をしてるんじゃないかしら?」。しかしタミーが妊娠した時、彼女は何かまずいことが起こっているのを知った。最悪の場合、生まれてくる子供は口が裂けているのではないか、そう覚悟していたのである。しかし彼らは決して希望を捨てず、出産の時を待ち望んだ。そして父親となったトムはその日の事を回想する。「看護婦が言ったんです、"安静にするために、子供をすぐに上階に運びます"ってね。それから私に聞いたんです。"今すぐ、母親に子供を見せてあげたいですか?"私は自分に問いました。"今の彼女に、自分が受けたショックを与えてはならない。まず、写真を撮って、それを彼女に見せて心の準備をさせよう。"ってね。」(写真は彼女のレントゲン図)
タミーはまだその時、生まれた娘の顔を見てはいなかった。彼女は出産の時、多量の出血をしていたからである。しかし出産という大仕事を終え、ひとまず安静した彼女は - 他の母親たちと同じように - すぐに子供の顔を見たがった。しかしトムはそれをなだめ、まず自分が写真を撮って見せることを選らんだ。
「彼女には上顎、頬骨、眼窩、そして耳骨がなかったんです。」ジュリアナちゃんは通常の顔面骨の30%から40%を持たないまま生まれたのである。
医師の説明によれば、ジュリアナちゃんが持つこの先天的欠損症状はトリーチャー・コリンズ症候群と呼ばれ、医師が知る限り、彼女はその中でも最も過酷な症例を示しているという。
そして現在、彼ら家族は決して希望を捨てていない。「何があろうとも、この子は一人ではありません。私と妻の愛を彼女にしっかりと感じてもらいたいんです。ほら、僕の指に吸い付いた。」トムは涙を浮かべて語る。
「彼女のことを、人がじっと見つめている時が本当に辛いんです。何があったのか、事情をきちんと聞いて欲しいんです。一番辛かったのは、まだつい最近のことです。小さな少女が彼女を見て、気持ち悪いと言ったんです、、、。」
現在、ジュリアナちゃんは胃に直接食べ物を送る形で栄養を摂取し、また呼吸のために管を用いている。そしてこれまでわずか2年間の人生で、既に14回に渡る手術を受けているのである。医師によれば、まだ今後少なくとも30回以上は手術が必要であるとしている。現在、医師は彼女が病院に来る度に頭の型を取り、頭蓋骨を形成、そしてまた次のステップといった方法を繰り返ししているが、これは彼女の一生を通して行われる予定であるという(ビデオはこちら)。
そして無論、これら度重なる手術代を捻出することは、彼ら夫婦にとって決して楽なことではない。しかし彼らは感謝の気持ちと、彼女への満身の愛でもってこの戦いに挑んでいるのである。「神様は、我々が出来ないことをそもそも課すはずがありません。私は今、出来るだけ多くの人、、世界中に彼女の事を知って欲しいと思っています。」
◆娘は顔なしで生まれました。それでも愛しています。 ショッキングな映像が含まれていますので注意してください。 顔のない少女...
今でも時折、奥さんと出産当日の話をすることがあるが、二人とも出産直後に、子供の手があるか、足があるか、指は全部あるか、と確認したことをよく覚えている。
大概クリックっつーのは好奇心からするもんですが、時々すんげー考えさせられるエントリーにブチ当たる事があります。
■ 生まれる権利 ■※ショッキングな内容となります。苦手な方は見ないで下さい。なんつって見ない人は殆ど居ないだろうけどね(゚∀゚)仕事の合間に最近は随分とネット...
お父さんもさることながら笑顔で接するお姉ちゃん(だよね? 英語わからんけど)もえらいなあ。今の私でも正視に堪えないのに、餓鬼の時分だったらこんなふうにできたかわからないよ。いろいろ辛いだろうけど、幸福な生涯を送ることを祈ろう。
でも彼らは、彼女の存在によって、「無償の奉仕を与えることのできる自分」を引き出してもらっているとも言えます。
そういう意味でギブアンドテイク(?)が成り立つように思うので、私は「ある意味ひとつの悪徳?」という疑問は持っていません。
しかし彼女は、自ら望まなくとも、周囲の人から様々なものを引き出してしまうことになるんだなぁ… 大変な人生。
でも彼らは、彼女の存在によって、「無償の奉仕を与えることのできる自分」を引き出してもらっているとも言えます。
そういう意味でギブアンドテイク(?)が成り立つように思うので、私は「ある意味ひとつの悪徳?」という疑問は持っていません。
しかし彼女は、自ら望まなくとも、周囲の人から様々なもの(美醜とりまぜて)を引き出してしまうことになるんだなぁ… 大変な人生。
・・・う〜ん。無償の愛を、その人生をかけて注げる両親がいるうちはよいけれど。もちろんそれだけでも大変なことだけれども・・・。
・・・う〜ん。無償の愛を、その人生をかけて注げる両親がいるうちはよいけれど。もちろんそれだけでも大変なことだけれど・・・。すべての子らに神のご加護がありますように。アメン。
>・50%以上の例は突然変異によるもので単独で発症しますが,遺伝子の関連がある場合,家族内での発生を認めることがあります
小さい頃自分は障害者の子が生まれたらどうする〜とかを友達とかの間で馬鹿みたいに喋ってたけど、実際問題、千人に一人はそのような子が生まれてくるわけで、無いとはいえないんだよね・・・。 子供を生むってのにさらに恐怖感を覚えたよ・・・ 失礼な書き込みでもうしわけない・・
別に科学を問題にしなくとも人間は基本的に「生かされてる」もので、本人の意志に関わらず「生き長らえさせられてる」と思う。だからといってその事に感謝しろだの何だの言う宗教家や啓蒙家はバカだが、ともかくそこから自由になれる人っていないんじゃないの(自殺にしても死を「選択する」ように見えて実は「させられる」わけだし)。
で、「科学は必要か」というのは、まあその生き死にする本人が必要とするかというのとは全く無関係に、この記事の場合両親が必要とした事によって科学の力が行使されたわけで。
科学にしたってこの子一人救うために発展してきたわけじゃなし、結局のところ「必要」とされて「あった」という半ば偶然みたいな「機」でもって行使されてる。
では科学は何のためにあるかと考えると、俺は特に理由なんてないように思える。人によっては「人類の幸福」とか奇麗事を言うかもしれないが、科学の発展さえ高齢化→人口肥大化→食料やエネルギーの増産の必要、と人類自身の首を絞める出口の見えない迷路に陥ってるし。結局もう科学の探求は「そこに山があるから登るのさ」的思考でしか理由付けできないと思う。
という事でまあ、問題にするならより複雑怪奇な「倫理観」の方かと思うがどうか。俺には「人を殺したら悪い」だのと暴論を振るう「一般的倫理観(と、それを作ろうとすること)」ってものは理解できんが・・・・・。
これをみてると「謎の奇形頭蓋骨 - 「スターチャイルド」は何処から来たか([ >> LINK ]
俺が今言うのはあくまで「普通の自殺」に対しての論であって、積極的に死にたいなんつー異常な輩は除いての事なんだが・・・・・。
その部分で言いたかったのは、普通に考えて理由もなく死を「選ぶ」人はいないという事。いじめだとかリストラだとか理由があって、そもそもそういう事がなければ死は選ばされないわけで。
ビデオ見るとわかるけど、顔は確かに普通ではないけれど、仕草とか甘えるところとかはふつうの子供となんら変わらないよ。間違っても>27みたいなことはいえないね。
俺がこれから言うのはいわば「普通の自殺」に関することで、積極的に死にたいとかいう異常な人間は除いての事だが・・・・。
そこで言いたかったのは、理由もなく死を「選ぶ」人はいないということ。言い換えれば、自殺する人にはいじめとかリストラとかする人なりの理由があって、そういう周囲の重圧から死を「選ばされ」ざるをえなくなるということ。
俺はこの子を気の毒だと思うし、元気に生きてほしいとも願う。でも、その反面グロいとも思っちゃうんだ。そんな矛盾は、仕方ないだろう?
そいでね、”この子はグロい” みたいなコメントをした人間を叩くのは魔女狩りみたいで、あまり賛成できないんだけどなあ。上手く言えないけどね。
一言で言うと、頑張って欲しい。ここでどんな励ましの言葉を書いてもジュリアナちゃんには届かないけれど。
それができる人なら(少なくともしたいと思う人なら)、わざわざ「この子グロい」なんて感じの書き込みはしないだろ。
「うわっキツいわぁ」と感じることと、それを臆面もなく「グロい」と言ってしまえる神経は、別に思えるんだが。
ただ、原因を知れば恐れたり、嫌悪する必要はまったく無い事がわかるし、むしろそんな行動を取る事は馬鹿らしい事だと思う。
死んだ方が幸せだとか言ってる人は、第三者から与えられるであろう嫌悪感や蔑み等が、彼女の人生を辛い物にすると考えるからそう言ってると思うけど、それさえ無きゃそれなりに生きる事が出来るんじゃねぇかなと思う。
だから、この記事を読んだ人が彼女や彼女と同じような物を背負って生きている人を知り、無闇に傷つける事が無ければ良いと願う。
子供を産む・育てるって事は親にとって苦しみも楽しみも辛さもみんな含まれてくると思う。産む前に障害があるって分かって「なら産まないで堕胎そう」って言えてしまう親「人間として価値があるのは五体満足である事」という位置付けがしっかりでき上がってしまっている人…なのかな?
私の周りには常に五体不満足である人間がいました。彼女の周りにあたたかい人間の輪ができていく事を、人間としての誇りと自信を常に持ちつづけてくれることを心から祈ります。
私なら、どうするだろう。子供のためと称して、結局は自分のためなのかもしれないけれど、殺人者になるだろう。
この話とは全然関係ないかもしれませんが、俺の友達に今は手術したんですが、手に腫瘍があってなんか珍しい症例みたいで大変らしかったみたいなんですが、そんななのにめっちゃ明るいんですよ。
だからってわけじゃないんですけどジュリアナちゃんも少数でも理解者がいれば、思春期とかはきついだろうけど、大人になれば明るくなれると思います。
なんか全然話がまとまってなくてすみません。ただ俺の気持ちとしては偽善と取られるかもしれないけど、心から応援したい気持ちでいっぱいだってことと、五体満足でほとんど何の苦労もなく生かされてきた自分に対する嫌悪とも思える感情を誰かに伝えたかったから書き込んでみました。
人工頭蓋骨があるなら無重力下なら脳とかに無駄な衝撃を与えないで手術〜とか思ったが行くまででやっぱり無理か。。
「生き地獄」って言葉があるように何も考えて無い人に「生きろ」って言われるは「死ね」って言われるより辛いと思う。
命は誰にでも平等であってほしいと思う気持ちがありながらも、自分や自分の子供だったらどうかと考えるととても自信が持てない。
自分と他との違いの重圧。周りの目線の重圧。両親への気負いの重圧。そしてそれらからくる自分の存在意義への疑問。彼女がそれに耐えられうだろうか…それを認められるだろうか?やるせない気持ちだけが募ってく。
不便じゃないかと聞いたら、そいつ曰く「生まれた時からこれが普通だし」らしい。やや含んだ言い方だったけど。
生死に関わる重い障害と同列に考えていいのかはわからないけど、この子も生まれる前に殺されなくて良かったと思う日が来るんじゃないかな。
実名や個人情報を晒す場合には彼女の承諾を取るべきだと思う…。彼女の意思も何も尊重せずに親のエゴで大衆に彼女の個人情報を晒すなんて…。
この類の話をいわば「ダシ」にして、死なせてれば良かった、いやこれで良かった、だなんて手前勝手な討論はいけないと思うけど、他の声まで「意見」なんて言葉で一括りにしちゃうのはどうかと思うな。
意見の是非はともかくとしても、こういう事例があって、それが人々に色々な事を考えさせた結果、今こういう社会があるわけだろ。
あなたが四肢を動かして、その方向や稼動域に疑問を感じないのとなんら変わり無い感情だと思いますよ、その方がおっしゃられた通りそれがその方にとっての普通なんですよ、慣れじゃなくて。と思いました。
最初見たとき、ウワってなるのは自然な反応である限り否定しちゃいけないと思う。ウワってなった瞬間の自分には罪は全くないわけですし。それを事後反省してるやつら意味不明。
彼女の写真を最初に見た時、少しも「気持ち悪い」「ぐろい」といった感情を抱かないやつがいたら会ってみたいもんだ。
いや、細かいところにこだわってゴメン。「偽善」って言葉がすごく安易に使われてるなーと思ってたので、引っかかってしまった。
もし本当にそこにおぞましいものが写っていて、しかもそれをおぞましいと思ってしまったらと思うとビデオを見るのに凄い勇気が必要だった。でも観て確かにあらぬところにパーツが付いてたりするけど案外かわいいなと思った。ティム・バートンの映画に出てきそうだよね?そう思ったときティム・バートンは偉大だと思った。
みな手術、手術というけれど出来ることなら親からもらった大切な体を大事にしてほしいし、あのままでも自分に誇りを持って生きられるような社会であって欲しいと思う。恐らく今後両親は彼女に愛を注ぎながらも自分たちを責め続けると思うから、彼女の方からも自分を肯定できるくらい強ければ、逆に両親は救われると思う。なんにせよ彼女が普通でありたいと思う気持ちを理解できる良い友人に出会えると良いな。
そう、どうあっても所詮は人事でしかない。どんなに可哀想だと言い、どんなに同情したって、実際辛い思いしてんのは当事者だ。よくそんなひどいこと言えるとか、神を憎むとか、所詮は人事以上でも以下でもない。
本当に理解なんて出来るのは同じ境遇を生き延びた人間だけだ。親や親戚や、多大に寄付する人でさえ、本当に理解できるはずがない。
手術するのは見かけの形成術もそうだけど、それよりも生きることに支障が出ないようにする為だろうから後半部分には同意しかねるけど、前半部分は案外おれもそう思ったりした。
けど、人間っていうか動物っていうか生命体としては生きたいんだよね?絶対。心臓だって動いているわけだし。
この子の場合、よくはわからないけど、意識はあるからいずれ、思春期とか大人になったときめっちゃ悩んだりするんだろうなあ。
俺としては生きて欲しい。そして、いろいろな人にいろいろ考えさせるきっかけを持たせて欲しい。(←コレは自分が当事者じゃないから言えることだけど。 俺がもしジュリアナちゃんだったらこんなこと思わず自殺しているだろう。)まあ、彼女の人生だけど。
plusお父さんが縦に首を振っているときに横に振る姿が本当に微笑ましかった。彼女の人生もこんな感じになって欲しい。
偽善者よりも必死で重箱の隅突っつくように僅かな自己中心性を非難してるやつのほうがずっと醜いことに気づけ。
この子とは比較にならないけれど、私も足が奇形で生まれてきて、色々な有名病院で検査を受け、どこに聞いても将来歩けないって言われました。母はそれでも日本中の医者を訪ね、手当たり次第の知人・友人に何か解決法は無いか聞いて回り、ついに私の症状を治せる新しい技術を開発した医者を捜しあてました。でもその医者に出会うまで母は、親族から「もう治らないと分かっているのに、不幸を見せびらかしてまわって、----(私)が可哀想だ」と言われて批判されました。私にとって有益だったかどうかは別として、この親族にとってはこれもまた一つの愛情の形だったと思いますが、医術の発展が追いつく可能性に望みを託して、たとえ子供を見せびらかすことになろうとも、お金を集めたり、症状を世に知らせることは、ただ可哀想と思ったり同情することよりは意義があるんじゃないかと思います。少なくとも育てるって覚悟決めた以上は。
そして、誰を喜ばせたいか、喜ばせたくないかは、送る側の勝手だ。俺は「顔の骨がない少女およびその一家」を喜ばせたいと思って金を振り込んだ。
たとえこの事件がでっちあげで全部CGだとしても構やしないんですよ。感動的なモン見せてくれた木戸銭として、いくらか包むくらいの義侠心は持ち合わせてら。
あと、「死んだ方がよい」という理屈は理解できますが、その手の意見はネットでの書き込みにとどめて置いた方がよろしいかと思います。
この社会は不思議な事に、生きている人間だけで構成されており、そのためか「生きてるって素晴らしい」という理屈を大前提として成り立ってますので。
自分に子供がいたら「いっそ殺したほうがよい」なんて絶対思わない。お前らクソガキにはわからんだろうがな。
ここに書き込んで偽善だなんだ言ってる人達の多くはまだ社会にでていないのでしょうか。浅はかな意見が目立ちます。
偽善だとかなんとか言う前に自分の行動をふりかえってみて、誰かを喜ばせてあげられたことはありますか?きっと無いでしょう。
なぜならそれは偽善だから、結局自分が気持ちよくなるためにやる行為だからと言って言い訳する自分を作り出しているからです。
ほんと社会にでたら恥ずかしい思いをしないように気をつけてくださいね。毎日パソコンいじくってネットみて、オナニーしてるだけで自分はすごい人間だとか言わないように。
>>185の言う「浅はかな意見」言ってる人や「社会にでていない」人よりも、>>185の方がよっぽどみっともないと思うよ。
偽善や善に関する意見には特に絶対違うと感じるようなところもないが、そうやって自己満足のダシに使うような書き込みはみっともない。
こうの手のレス(このレスみたいなレスってことね)ってここではかなり多いが・・・・・言わずにはいられん。
偽善だ偽善だと叫ぶ前に、自分にそう見せかけることで相手に得るものがあるのかどうかを考えたほうがいい。
あと10?20年経ったら整形外科ももっと進歩して、この子のあるべき顔も作れると思うが、表情は、はたして…。
自己満足という言葉なら正解に近いが、それを罵りとして使うなら、それ以外に何があるのかを是非教えて欲しい。
父親が軍隊出身であることに注目してほしいんですが過去にイラクや放射能で汚染されている地域や区域で長期間被爆したときに起こる後遺症です。
米国政府はまだ湾岸戦争との因果関係は認めませんけど湾岸戦争から帰還した軍人家族の家庭では奇形児の出産確立が異常に高い数値を表しています。
今回のイラク戦争でも大量の劣化ウラン弾が使用されており重金属症候群、あるいは放射能被爆による遺伝的伝達などの第二次被害をもたらす可能性が高いのが気がかりである。そういう意味でも今回の情報は非常に価値が高い部類に入るだろう
俺らが同情からくる募金しかできないように、両親もまた両親なりのやり方でタミーの幸福を目指すしかない。
それから「この先生きてたってロクなコトないだろうから、トータルで考えると死んだ(殺した)方が得」という主張には
わが子を生んで、その子が生きているんだと実感し、なおかつ(失礼な言い方ですが)その子供の出来が悪かったりすると、逆に子をいとしいと思わざるを得ないんじゃないだろうかと。そんな心理が働きそうだと思いました。
この子の人生はこの子のものだろうし、現時点で、理解ある家族やお医者様もいるし、これからもきっと彼女の居場所はあるはずだと思います。少なくとも彼女にはそれを探す権利があると思います。
持たない代わりに、俺らにはないものを持てる人になって欲しいです。両親もそんな子に育つようちょっとでいいから強くなって欲しい。
でもこの子が大きくなって、いつか前者のように感じる時が来るなら自己満足でも偽善でも募金のお金があった事で、それがこの子の何かになる瞬間はあると思う。
個人的な考えとしては、今この子の両親は自分達の子供としてこの子を愛していて、どんな手段を用いても幸せになってもらいたいと願っている事。
勿論、この家族は普通とは違う苦しみや辛さを味わっていくかもしれないけれど、親が子を想うという深くシンプルな気持ちは、私達が家族に持つ気持ちと変わりないと思う。
この子が大きくなる過程に、沢山の苦しみを味わい、生きていたくないと自ら命を落とす時が来るかもしれない。
でも今がその時じゃなく、生きていて欲しいと願う家族がいるのだから、偽善でも冷やかしでも自己満足でも、何かを思って募金するのは悪い事にはならないと思う。
こういう考えこそが偽善だと思う人もいるだろうし、私自身もそうじゃないと言える自信もまったくないけれど、私はそういう気持ちを信じたいです。
誤解されてそうだから言います。彼女が普通じゃないってのは社会的、相対的に決まるもんですよね。生きられるだけの処置をすれば、僕個人としてはそれだけでも良いのではと思うのです。もちろん社会的な残酷さが存在する事は分かるんですが、家族や友人達の愛に囲まれて彼女が自身のありようを引き受ければ、それで十分だと思いませんでしょうか?例えばここに書いている皆さん自身が「あんたの顔は限度を超えて不細工だから社会の一員になりたければ整形しろ」って言われたとして、大多数は大きなお世話だって思うじゃないでしょうかね?今は自分自身で手術するかどうか選べない訳ですが、今後一生手術し続けたとしても、他人がいう普通にはなれないでしょう。そもそもお金をかけて、痛い思いして、そして他人の顔になってまで追い求める普通って何って途中で思うのではないでしょうか?生まれたままの彼女が受け入れられて、その上で彼女自身が手術をするかどうかを自分で考えられば一番良いのではないでしょうか。そういう社会であるべきだと僕は思うのです。長文失礼しました。
てか、まだビデオの映像見てないけど、レントゲン写真だけで十分ヤバイ状況なのが分かるな。あれ、普通の人が見たら顔の写真て思わんぞ。
現在、医師は彼女が病院に来る度に頭の型を取り、頭蓋骨を形成、そしてまた次のステップといった方法を繰り返ししているが、「これは彼女の一生を通して行われる予定である」という
あれはかなりオーバーな書き方で、実際には20代に達するあたりで頭骨の成長がほぼ止まるので、それ以上作り直すことはまず無いと思われます。
よりよい物を求めて作り直すことはあるかもしれないけど、容量を確保するために必要に迫られて作り直す必要はないでしょう。
人のこと考えられる人間ってそんなにいねーかもしんねーけど、人のこと考えられるような人間になろうって思って努力するってカッコよくねーか?それを偽善なんてツマンネー言葉で処理すんじゃねーよ。それと、女の子の顔見て気持ち悪いとかって思っても言うもんじゃねぇーぞ。日本人だろ?
ちょっと人と違うってだけでとんでもない目でみられるからなー。その一方そういう目でみられる苦しみはわかる俺なのに
北朝鮮などのマスコミが「将軍様エライ!すばらしい!」などと押し付けがましく語るのに対して、アメリカのニュース番組は極めて無表情かつ冷静な口調で語る。
これは「フェアさ」についての認識が進んでいるから。(実際フェアかどうかはおいといて。)これはアメリカのすぐれた点だと思う。どちらかというと日本のマスコミのほうが北朝鮮に近い。
良し悪しは置いといて将来、本を出したりテレビに出たりして多くの人の同情を買って生きていけば辛い事もあったけど幸せだったと言える人生を送れると思うよ。
マスクは実話をモデルにした映画で、顔の骨格に病気がある主人公のお話です。詳細は上のURLあたりを参照して頂くとして、何が言いたいかというと、周囲の人間の反応なんです。このマスクにしても、自然に接する人から、表面的な優しさを演じたために後々精一杯になってしまう人、とにかく意地悪する人まで、本当に幅が広い。そして、どんな反応にしろ皆それぞれ否定できない部分を持っているということなんです。こういう話が出たときの人間の反応とはとても興味深いもので、気持ち悪いと思ってしまう、でも、それはいけないことだ、いや、それほど大したことないよ、とか、みんな色々な事を言うけれども、実はこれらはそれぞれ独立したものじゃなくて、人間それぞれが複合的に持っている感覚なんですね。つまりどれも真で、どこを強調するかの差があるだけで、排除してやろう、から、優しくしてあげたい、まで一人の中に全て含まれているんです。
この女の子もそうだけれど、顔で判断される世界は確かに残酷と言えます。とはいえ、それを完全に捨てることができない世界もまた現実にあって、その中にいる俺達他人にしても、できれば良くしてあげたいという理想と、良くしてあげられるかわからないという不安の両方でせめぎあっている。そうしながら物事は出来あがっていくと思うんです。
で、上のほうにもありましたが、「〜だと苦労するから生まないほうがいい」と考える人もいます。その〜が何であれ、それは現在の価値観での判断に過ぎないわけで、将来まで見通した上での判断だとはやはり言えないと思うんです。体の奇形、欠損、内臓の病気、それはあくまでファクター(要素)であって、既に結果であると錯覚することは非常に危険だと思うのです。不幸になるかもしれないから無にすべき、だとしたら、そもそも生まれてくる子供全員にそのリスクがあるわけで、多分俺達もそういうリスクを持っていると思うんです。それだと上に書いたようなせめぎあいも無くなるから、それは一つの判断ではあるのだろうけど、人間性の実もなくなってしまうのではないかと思うんですが如何ですかな。
少数意見は抹殺するんじゃなくって、淘汰されちゃうことが多いってことを理解すれば、幾分こゝろが楽になる。
ジュリアナ家族は募金アテにしなきゃ最初から成り立たない。計画性が欠如していたと非難されもしよう。でもその前にアレ、なんとかのちょっと強まったカトリックであるかもしれんな。
募金で手術して復元っていう、一見親切心から発生した発言、感覚、ものの見方は、その容貌を既に醜悪なものと見なしていると言えるのが、善意をさえ他人の自然な姿を完全否定し貶めてしまうパラドックスを含んでいる。
善意を振り絞っても、突然ジュリアナを連れてこられ、それを始めて見せられて、抱っこしたときに自分の顔を舐めてこようとしたら、私は自分の反応を制御しきれるかどうかに自信がない。そのときに私の反応がどうであるかをチェックする他人の視線があれば、なんという悪意だとさえ思うかもしれない。
だがしかし慣れで克服できるものでもあることを私は理解できる。てゆーか、長時間一緒にいれば普通に慣れる。
或は当人の気持ちがどうであれ、とにかくがむしゃらに壁を乗り越えろと期待し願うことは、やはり傲慢であると言えなくはないか。
こういう点からも、ではどうすればいいのかと言われて積極的な行動の殆どを諦めさせてしまう内在したものがあると言えなくはないか。
金さえやっておけばいいだろうというわけではないのだが、残念ながら、裕福であったり、自分がそれよりも良い立場にあると自覚出来ていれば、それに対して施すという行為で間接的に一期一会のジュリアナ家族の相手をすることが、恥ずかしながら最も間違いの少ないように思えるものなのではないのだろうか。ジュリアナの親の願いの一つに近いのではないだろうか。
出演の動機はまさにそこにあり、逆説的だが、もし見たままの泣き笑いの表情を持つ善良な家族であるならば、ジュリアナを利用しようとして様々な団体がくっついてくることは望んでいないに違いない。そっとしておいてほしいが、療養費用は必要であり、そのバランスを探しているのだと思われる。
コメントするときに言葉の使い方を間違えただけで、こんなにも色んな人から叩かれるという、不必要に強烈な倫理観を問われる存在というものは、改めて思うに神に近い。もし神で無ければ悪魔であると言えるのかもしれないが、少なくとも人間に対する圧倒的な立ち位置からの存在感を示していることは事実だ。
募金についてだが、ちゃんと生存できていればであるが、未来的にはジュリアナは多くの人からの募金で生かされたということを理解できるはずなので、そういう意味では決して無駄なものじゃないと思う。無償の善意を踏みにじるようなジュリアナになってしまったならば、それはそれ。救いようが無いだけでなく、救う必要がないのである。
どんな人間だって生きる権利と死ぬ権利を持たせるべき。ましてこの少女は見た目に異常が見られるだけで知能には問題ないんだろう?
ジュリアナが遭遇している根源的な問題と同様な、本来的な生命の活動とかに照らし合わせれば、現段階からの未来を考えると、生きられるうちは生きているし、生きられなくなれば生きていたことになる。
畢竟、立場によって発言できる範囲が違うんであるが、適度な教養があれば、取り敢えず他人に善悪のどちらをも強要することは無くなるという点では、そんなに悪いことじゃないんじゃないかなって思うね。
まあ現実的なことを言うと、アメはこういったネタで世間の同情を集めて金儲けする親が多いし、その後は大抵離婚するんだよね。
上の方の一部の人が、「オレは募金した。どうだ」と言わんばかりの発言を見ると、「?」と感じてしまうんだよなぁ。
個人的なことだけど学生時代、学校自体が募金をしていて、なにか強制的な空気があってやな感じがした経験があるもんで。
気持ち悪いともグロいとも思わなくて、>>4と同じく、普通に可愛いと思ってしまったんですが。
正確には人間の赤ちゃんに対する可愛いではなく、愛玩動物に対する可愛い感情にも近かったように感じますが。
>>85 のとおり検索してみたけど、こっちも、どれも「えー?普通に可愛かったりおばさんだったりするだけじゃん」って思った。
人間が勝手に作り出した善悪なんて薄っぺらい言葉の中で、偽物も本物もないだろーに。あほくさぁ。。。シビアぶった漫画とドラマの見すぎですわ、あんたら。
人の善意を偽善なんて蔑まなくても、何もしないことは悪ではないと思うよ、まぁ、募金しないのに募金しただと書き込んでる人がいるなら、それは偽善だと思うけどね。
俺はめんどくさいので募金しないし数日後にはこのコの名前も忘れてしまうような人間。でも何か他人の為にできる人は偉いと思うし、その人が行為の代償に自己満足して何の問題があるのかな?
彼女の人生については、生かされることになった時点で何も言うことはない。生きているのだから自分で責任をとるだろう。
個人的には反対だが無頭症の人から顔骨移植とかも・・・メリケンって既に移植用とかで「使って」るんでしょ?
なんつーか売名行為とかも含めてメリケン富豪からカンパきててもおかしくないよーな気がするのは気のせい?
>>私は自分の人生を精一杯生きる、という中に貴方の言うくだらない同情や嫌悪感があると思うのですが。自分の人生と言ったって、全てを自分のみで構成できるわけではありませんから。
根本的にそりゃおかしい。精一杯に生きる事とその中に悪がある事は違うだろ。そりゃ仕方なく出来るものだ。わざわざ嫌悪感抱いて、抱かされて、そんなものに同情してあら可哀想って、そりゃあるか無いかじゃなくて、言うか言わないかだ。
だから精一杯生きたほうが世のためだと言うことだ。その結果悪が出てもそりゃ仕方なく出来てしまったことだ。だからってただ嫌悪感じて同情してなんて、そんな事を無意識にやる事の愚かさを知れと言うことだ。自覚してないならまだいい、同情と嫌悪を自覚してやる偽善ほど腐ったものは無い。
偽善が悪なのは当たり前だ。それは悪心しか使ってないからだ。善因から善果が出るとは限らない。そして悪因から善果が出るかもしれない。だが悪心使って行った偽善は悪だ。本質を見ず結果だけで偽善見てるから曖昧になってくるんじゃないのか。
私自身、今現在子供がいるけれど、妊娠して出産するまでもしどこか異常があったらどうしようと、思って不安だったし。よく薬を飲んだりアルコールを妊娠中に飲むと奇形児が生まれることもあるとか、聞いていて私自身妊娠に気づく前に沢山お酒のんでいたのですごく不安でしたよ><けれど本当赤ちゃんは産んでみるまでわからないんですよね。ある程度のことは妊娠中の超音波検査によってわかるみたいなので、私は毎回のように医者に指の数から目の位置骨に異常がないかなどきいていたけれど(医者にシツコイと思われただろうな・・・)・・・彼女はきけなかったのかな??知っていて覚悟で産んだのかな??妊娠7ヶ月すぎればある程度はわかるはずなんだけどね。もし私が確実に顔の奇形がわかったら妊娠7ヶ月でもギリギリだけどおろす選択をしたかもしれない。彼女が生まれてから生きる道はきっといや、どう考えても過酷だろうし・・・。幸せなこともあるだろうし生きていれば色々な経験ができるけれど、その分世の中の視線は痛いと思う。私だったらきっとおろしていたとおもう・・・。なんせ私の友人にも顔の骨のない友達がいるけれど。ここまであちこちがないわけじゃないが、下顎の骨がまったくなく耳も左右違いで。その友達は今では20歳をこえていて何回も顎の手術をしましたよ。体のほかの部分の骨を(どこか忘れたけれどすぐ骨が形成するといわれてる部分)を何回も顎の部分に入れていき骨を形成してくのですが、前は完全に顎の骨がなかったのですが、今ではある程度普通の顔にもどりました。けれど実際身体に手術の後などがのこってるそうです。それに今の医療技術だと完全にキレイな顔にはもどらない可能性が高いだろうなぁ・・・。たしかにちょっとづつよくはなるだろうけど。 それにこの奇形で重度な奇形な場合はたいてい生きていくことができないと聞いたけれど・・・。とくにこの子の場合直接胃にチューブをつないで食べているんだよね。色々な感染症のことを考えたりすると長いこといきれるのかな・・・と思う。それに長いこと生きれてももしかしたら彼女は一生味覚を味わうこともないかもしれないし?? 何回もの手術がまっているだろうし・・・。とにかく、何言ってもしかたないけれど頑張って生きてほしいな。そして自分にまけないでほしい・・・。
例え偽善であろうと、募金することによって、この子の家族が助かって、募金した方も「俺いいことしちゃったよー」っていう気分になれるのなら何の問題も無いと思うんだが。
募金なんて、しょせんは公園の池の鯉にエサをあげてる人と同じだからね。一種のエンターテインメントかな。
あと、募金したことを回りの人に宣言すれば、イメージアップというメリットも生まれる。有名人や団体が何万ドルも募金するのはこれだね。
募金した人は自分が募金したいから募金した。自分の贈ったお金で少しでもこの家族が救われれば良いだけでしょ。
一番過酷なのはジュリアナちゃんのはずなんだけども、あの「あー愛されて育ってるんだなー」的な何ら裏が無いような愛らしい仕草を見ていると何かこう内角に響くね。
今はこんなに幸せそうな子供が、後々は色々背負ったり背負わなかったりして普通の大人になってっちゃうのかーとなんかやるせなくなった。
日本からは、先にも書いたように、郵便局でアメリカで使えるマネーオーダーを作ってもらって、それをどんな封筒でも良いので入れて、封をして、宛先の部分に
いつだったかな?泉谷しげるが北海道の地震で全国を回り募金活動してた。そこで彼は「これは売名行為だ。募金しろこの野郎!」と言っていた。それを見て被災地の人達は「泉谷さんありがとうございます。」と満面の笑みでいってた。偽善であれ善であれ使える金だったらなんでもいいってことだ。
あの子供、 何歳まで生きられるかな。 学校は登校拒否で行けなくなると思うし、 多分若いうちに自殺してしまうと思う。
どうせ死ぬなら、自分で悩んで苦しむ前に 親が泣きながらでも安楽死させてあげるのが 本当の親の務めであり、責任なんだと思う。
そうだよね、親が本当に子供のためを思うなら生かして苦しませるよりも、安楽死させるほうがいいと思う。この子がこれから苦しむのは分かってるわけだし。親はただの自己満足にすぎない。
同感です。たとえそのお金で手術ができたって、彼女の親が望む「人並みの人生」、を送るための顔になるにはあと何十年もかかるでしょう。度重なる手術にたえて、特に思春期の敏感な時期にはうまく社会に接することも難しいんじゃないのかな。僕自身癖毛ひとつでものすごく悩んだ時期あったし。僕だったらありえない。外に出れば偏狭な視線の嵐。家に帰って自分の顔を鏡で見るのも苦しい。そのうち両親の愛情までが表面的な同情に見えてきて・・・。こんな状況に置かれたら誰だって迷わず自殺すると思う。少なくとも健全な精神ではいられないよ。でもそんなときこの世界中からの膨大な募金で自分は生かされてるんだ、ていう事実が逆に苦痛になりはしないだろうか?中途半端な同情で生かすくらいなら、何も知らないうちに安楽死させてあげるほうがどんなに本人にとっても周りにとってもいいにきまっている。今ならまだ間に合う!
なんか、勝手に「苦しむ」だの「不幸になる」だの決め付けて言ってる人が多すぎ。そんなの生きてみないとわからないよ。
健常者だって苦しんだり不幸になってる人はいっぱいいるわけだし、逆に、障害者にも健常者よりも明るく楽しく生きてる人もいる。
殺したほうがいいとか言ってる人は、その辺の身体障害者や知的障害者にも「おまえは死んだほうがいい」とか思うのか?
この子は障害は障害だけど、他の障害者となんら変わりない。見た目に縛られすぎていないか?心が狭くないか?
「もし自分が障害者の立場なら」ってのは想像でしかない。それはただの想像。生まれつきの障害なら慣れてしまってそれが当たり前になって気にならないこともあるんだ。
キミら頭が悪い人たちは「俺は頭が悪いから」なんて苦悩したりしてるのか?それが当たり前だからなんとも思わないだろう。それと同じ事だ。
この子は確かに見た目にインパクトはあるのかもしれないが、カタワや小児麻痺等の人とも同じだし、健常者と同じ普通の人間なんだよ。
売名行為だの偽善だのと言ってる人はピントがずれている。NONAMEさんが「募金しますた」と言ったとこで、匿名書き込みなのだから、ただの通知文にすぎない。
「募金するやつはアホだ」みたいな発言を書いてる人は、たぶん精神的に余裕のない人なのでしょう。これから先のジュリアナちゃんのように、精一杯生きてください。安心してください。だれもあなたを責めはしませんよ。
一部の人に喧嘩を売るような態度に見えるかもしれませんが、どの意見の人もそれぞれの人の考え方、スタンス、世界観をもとに書き込まれたものなので、否定するつもりはなく、またそれぞれが違った考え方を持ってて当たり前だと思いますので、喧嘩を売るつもりではありません(なんのこっちゃ^^;
不良少年少女の叫びじゃないけど、頼みもしないのに勝手に生みやがって!って。死ぬ権利があってもいいのかも、、、、
もしも当時者になったときの話として、よく相手のことを考えてはいるが、じゃあ自分の気持ちはどうなのかという所に関してはお粗末な方がいらっしゃる。
例えば、子供自身の未来を案じてとか、他人からの目を思うと、なんておっしゃいますが、自分自身がこういう現実を了承する気が無いのに、他には強要するという行為のことなんですが、そういうのはフェアじゃないですよね。
でも、自分が当時者だとしたら過酷な決断をするだろうと勇気を持って告白した他人を責めるのは、それこそ可哀想だ。
こういう事例にたかって惡どいビジネスを立ち上げる人権屋とか法律悪用人とか拝金主義のメディア、売名行為の巣窟になって不幸を食い物にされるよりも直接的に金銭が授与される点に於いて優れていると言わざるを得ない。
もしも必要以上の金品が集まり、この両親が離婚して淨財であるはずの財産で揉めたとしたら、それは不幸なことであるが、いくら離婚率が高いとはいえ、アメリカという国には半数の保守層がある。彼らが宗教的な理念に基づいて行動しているとするならば、離婚しない比率の者である可能性は高い。とまれ、そんなことまで勘繰る必要もない。
幸福というものを追求できれば善いではないかと私は思うし、普通一般の声を出さぬ皆の感覚も、同じ程度のものであることを信じている。
ほんとにただのきれい事でしかないな。現実的に考えてこの子が幸せになれるとは到底思えない。だから物心つかないうちに安楽死させるのがせめてもの愛情だよ。それをかわいそうだのなんだの言うのは偽善者
年齢の足りない人とか重ねただけの人とか、経験を持ち併せてはいるが深みがある人とかない人とか、単なる知識ばっかりがあって活用できてない人とか教養見識に溢れた人とか。
ジュリアナを考えることは偶然のことで、そのうち忘れて思い出さないかもしれない。でも人間というか、命というか、尊嚴というか、神というか、人知を超えた何ものかを意識させられることは貴重なことだと思います。
毎日、毎日あんまりにも日常に過ごしているけれど、自分にも価値があり、他人にも価値があることを少しでも考えることができれば尊いことだね。
安楽死に関しても、親が「この子を安楽死させてください」と泣いて頼めば 例え法律で禁止されていてもOKしてくれるんじゃないですかね。
この子の将来分かります? 日本での障害者と同じようだと思いますよ。 今はまだ子供のうちだからいい、これが思春期になり大人になって言ったら親に対する反発ばっかりで 施設に送られるのがおちですよ。
正直、 これは死んだほうがいいって思う。 日本の老人ホーム知ってますよね? その老人ホームに預けられてる人とか、少しぼけてるくらいで、あとは普通なんですよ。
歩くこともできるし、掃除だってできる。 だけど家族が疲れてて家に戻ることができないんですよ。 その人毎日なんて言ってると思います? 「腰がよくなれば家に帰れるんだけどね」って言ってるんですよ。
>安楽死に関しても、親が「この子を安楽死させてください」と泣いて頼めば 例え法律で禁止されていてもOKしてくれるんじゃないですかね。
僕がなんとなく肌で感じるのは、ちょっとしたマイナス要素の差異のようなものがある人って自意識過剰になっちゃって、なんか拗ねたりひねくれたりしてることが多くって、でも、そういった感覚って沢山出逢うけれど、そのどれもが黙殺されるんだよねってところ。
ちょっとしたハンディキャップなら、あんまりにも馬鹿馬鹿しくて取り上げる必要も全くなくって、いくら被害者ぶりを発揮されたって、相手できないことがよくある。よくあるでしょ。構って欲しいんだろーなって思うような甘えたやつね。
他人の様々な考えや意思、方向性の全く違うこともある思いやりを否定はしないけれど、人間、生物なんてものは、放っておいたって死ぬ。生きている間が人生だってことを、健康で食べるものの心配もしなくて良くて、理不尽に命を奪われ過ぎない平和な社会に生きていると忘れてしまう。
なるべくこの家族とその近所の人達にとってベターな選択肢を選ぶ事が出来、少しでも多くの幸福な時間を過ごして欲しいと思うよ。
障害者は程度にもよりますが、まず最初のうちは両親ががんばって育てるでしょうね。 世間の目もあるし、罪悪感だってあるだろうから。
でも人間の努力なんてものは、いつかは限界がくるんですよ。 両親が欝になったら家庭崩壊ですよ。 家庭内暴力が多発し、お姉ちゃんは家に帰らないようになり、お父さんはビルから飛び降り自殺、お母さんはお金を作るために近寄った男性と逃避行。
みんな、いや、みんなじゃないけど、駄目な方駄目な方へと考える人の比率と同じくらいの人達は、少しでも善い方少しでもマシになることを考えてるんだよ。
それでも人並みに暮らしていこうとしてる障害者の方々の気持ちなんて君には解らないだろうね。もうちょっと暖かい目で見守ってあげたら?
動物なども本来人間も生まれたとき重度の障害がある場合は長く生きられず自然に死ぬ。もちろん元気に生きれるほどの障害なら問題なく動物も人間も生きる。
なんのためだ?医学があるから現に命を救われて喜ぶ人はいっぱいいるが・・・・。皆生きる道を選ばなきゃいけないのか??なぜ、重度の交通事故でも重度の病気でも重度の障害でも医者は救おうとする?救おうとすることが正しいのか・・・?すごく疑問が残る。かならずしも生かせればいいってわけじゃないきがするがな・・・・。
恋愛でも、結婚でも、就職でも、仕事でも、人間は外見で評価し、評価され、評価してもらおうと努力してるよね。それは普通で当然のこと。
だから、間違いなく、ジュリアナちゃんのこれからの人生には、我々の想像もつかないような質量の、敗北と悲しみと嫉妬が待ってる。
もちろんいいこともあるだろう。でも、その幸福にはフタがされている。人間はそんな幸せだけで生きていけるものではないと思う。
私は正直、なんか気になるタイトルあるな、首から上がないのかな、なんて思って多分面白半分でみた。こんな自分が未熟すぎてジュリアナちゃんに土下座して詫びたい気持ちになる。
意見が二つにわかれるのは納得。だが、私は生きて欲しい派だ。私は五体満足だし彼女の、いや、生まれつき異常を持った気持ちなんてものは分からない。もし子供が異常を持って生まれたら、生かすか殺すかなんて今決断できるわけがない。でも多分、その時の私は生かすだろう。
幸せになれるかなれないかは私達が意見して決めるのではなく、親御さんや近所にいる人達の対応が全てであると思う。少なくとも私達は彼女の人生には関係しない。
ジュリアナちゃんがこれから受ける差別や偏見などのを乗り越えられるほどの強い心を持っているか、それは今のところわからない。
私は、産まれ持って障害なり病気なりを持つ子供が、「障害or病気を持っている自分は不幸だ」と心から思う事は少ないと思う。
最近はね、自分の子供でも他人の子供でも死なせてしまう事鈍感過ぎる風潮が強いので、あまり説得力もなさそうなんですけども。
自分の子供って、どんな状態であってもやっぱり生きてて欲しいんですよ。そしてその為ならば結構頑張れちゃうんですよ。他人に「こういう事情なんです。だからあなたのお金を分けて下さい」って頭を下げる事なんて、へでもないんですよ。
もしかしたらこのご両親は、この子の未来に悲観的になって手にかけようとした事だってあったかもしれない。
この子の為にできることはなんだってやろうとしている。そしてその腕の中で、ジュリアナちゃんは(表情こそはっきりしないものの)幸せそうに見える。
その幸せが1日でも長く続く為にお金が必要ならば送金しようって思うことは、誰に責められるような事じゃないと思うんですよ。
自分はこれを見て同情したり優しい気持ちには一切なれず、ただ「生物として間違っている」と思い、強い嫌悪感を持っただけだった。
もしこれと関わりを持たざるを得なかったとして、罪に問われないのであれば、自分はおそらくこれを殺すだろう。
だったらジュリア名以外のこの世に不幸をもって生まれてきた人間全てを殺す必要があるな。おまえみたいな性格の人間も含めて。
男性から見た場合、ホモセクシャルについては「自分に危害が加えられる可能性がある」という点で嫌悪感が出るのだと思いますよ。
そして346で書きましたが私は生物学的な性別は男性である性同一性障害で、さらに運が悪いことに高身長で男性的な体つきです。
ジュリアナの場合は意識が芽生えたときからずっと、周囲の視線は変化がありません。見られ方が不変なんです。
また、生命を維持するための骨格成形手術。そして顔の成形手術、健常者に近い「顔」を手に入れることになるでしょう。
あと私は、精神科に入院した時もありますので、さまざまな精神疾患を持った方々、またその親族とも会話をしました。
なので様々な考え方や見方を知っていると思っています。(当事者じゃないので理解しているなんておおそれた事は言いませんが)
なんか夢にも出てきそうだし、 子供に罪はないんだから その子を殺して両親も自殺するのが一番いい方法なんだと思う。
1人残されたお姉ちゃんは 犯罪に手を染め、繰り返される逮捕の日々。 その後彼女はストリッパーとして活躍、一躍スターにまでのぼりつめるが、マフィアとのいざこざで死亡してしまう。
この募金の意味、みんな分かってるんですか? 手術って具体的にどんな手術なんですか? 骨がないことによって負担がかかっている場所対して応急処置をしているだけなのか、 それとも その子の顔自体を元通りにするための手術をしているのか。
この手術は数回にもわたるのでしょう、この先思春期になった女の子が自分の顔を切り刻まれるのはどう思うでしょうね。
この記事とビデオでは、ただ家族の方とジュリアナちゃんが困っているから寄付で助けてくれ、そう仰ってるだけではないですか。
もしくは家族に寄付金を騙し取られたり、ジュリアナちゃんの手術が失敗したり、ジュリアナちゃんが蔑視されて苦しむのが、そんなに恐ろしいのですか。
ご両親はニュースを知った人全てから寄付がくると信じてると思いますか?それに、ご両親はジュリアナちゃんが醜いという価値観自体は認めないかもしれませんが、そういわれることを覚悟してないと思いますか?
ここは寄付をするのがよいと私は思いますよ。何ドルだって好きなだけ。誰だって助けが必要なときがあるんですから。
ま、所詮そういう私も、ジュリアナちゃんが立派に成人できればいい、と過剰に期待せずにいられないガキの一人なのですがね。
対人恐怖症でおまけに勉強ができないので学校を休んで遊びほうけ、からの財布とすきっ腹抱えて入った店でまずい飯を食べ、電車にぎりぎりで飛び乗る。次回は油断して電車に乗り遅れる。
あきらめる前に、彼女が生きてから、死を選ぶというのも悪くはないかと思います。人が言ってましたが、生きてるてのはそれだけである意味立派だそうですよ。
ジュリアナちゃんの死に賛成と仰る方は何も酷い方なのではなく、感受性が豊かで、繊細で、優しい方ではないか、と思います。
きっと、死に賛成する方は、ジュリアナちゃんがそれを経験して傷つくのが忍びなく、ジュリアナちゃんを守ってやりたいのだと思います。
でもそのジュリアナちゃんの死を肯定する考え方自体こそが、たとえ悪意のかけらもなく、むしろ善意で彼女のためを思ってこそであれども、結局ジュリアナちゃんの生を全否定し(つまり人は容姿で生死が決まるのだと断言し)、彼女を殺してしまことにつながるのではないでしょうか。彼女を脅かす人から彼女を守るためにと言って、彼女を殺してしまっては何か本末転倒な気がします。
ま、でも誰かから「貴方は背が低い、貴方はクズだ。」と貶されたり、殴られたり、「その悩みはつらいだろ。だから死んだ方がいいね。」と同情されたり、「今日でバイトはやめてもらうよ。」と突き放されると私は逆に、そんならやっぱり生きようかな、と思いますけどね。もともと自分がほめられた人間でないことはほとほとわかっていますから。
この子の延命の為の資金と同じだけの資金をもってすれば、どれだけ多くの人間の命を救うことができるのか、
人の命って平等じゃないでしょ。今これだけ多くのコメントを集めているジュリアナちゃんと、今お前がただ「何処かにいるであろう、もしくは黒柳徹子が取材していたであろう、誰にも知られていない命」がなんで平等なんだよ?!
目の前で困ってる人間を助ける人をなぜ蔑む、自分が苦しいとき手を差し伸べてくれる人に「こんなことですべての人が救えると思ってるのか?俺を一生救ってくれるのか?ん?」と説教するのか?
因みにうろ覚えですけど、日本の法律では募金っていうのは集めた会社が半分貰って良いとかいうことになっていると聞きます。だからあまり募金は好きではないのです。
第一歩を踏み出すことにより、もっといろいろと歩けるようになるんです。たくさんの人を救っていく可能性が出るんです。
それをあなたが批難して貶めて停めてしまうことにより、多くの助かる人が助からなくなる可能性が出てきますよね。
>>400 ブツブツ言ってねーでやれよ。その有効なやり方ってやつをよー。そんで、「有効」だったら教えてケロ。
ここでは、ジュリアナちゃんに寄付するためにちゃんと振込先まで明記されてんだぜ。おめーもよ、えらそーな事いってねーで、何をしたらいいか明確に教えてくれよ。どっかの募金先でもおしえてくれんのか?それとも、おめーの身近にいる困った人の連絡先でも教えくれんのかよ?
しかもだぜ、おめー、最初に「募金する奴の気が知れない」とか言ってたけど、今は方法論とかナンとか言っちゃってるし。自分の言ったことすら覚えてねぇーんじゃ話にナンねーから。
そんなのどうでもいいわけ。ここは414みたいな人たちが書き込むとこなんだからさ。一人二役やってどうすんのよ。バレバレよお馬鹿さん。
ジュリアナちゃんのおかげで、自分がそして娘が五体満足で居られたことに感謝することができました。かわいそうと思って募金するのじゃなく、感謝の気持ちで募金しようと思います。ただ、やはり家族にはジュリアナちゃんの画像は見せられませんでしたね。みんな少なからずも傷つきそうなんで。がんばれ!ジュリアナ!
でもその分の金を他の子に回してあげればもっとたくさんの命が助かるって言いたいんだと思うけどさ・・・、
この子を育て上げていくにも色んな方法があると思う、その1つとしてメディアにでて募金を訴えたんだろうね。
ただ、それは自分が使いたいから使った金で、人様に褒められるために使った金じゃない。自分がしたいからした金だ。
日本が面倒みます。障害者の方なら知っての通り、日本の保険制度は世界でも最高レベルです。一級障害者なら高額給付金もありますし、交通機関はほとんど無料です。382さんが障害者ならそのへんはご理解しているはずですね。
イラクの少年に関してですが、あまり卑屈に考えること無いと思います。あれはあれで、現実問題として少年の目が治ったんだから良しなのです。仮に、日本が恩を売ったとしましょう。そのどこが悪いのでしょうか?これこそ、382さんの言われる「現実」的な人助けだと思いませんか。
ま、要するにだな382の考えかた(同じ金額でたくさんの人を救う)、424の考えかた(同じ金額で一人の人を救う) この二つの考えかたで世の中成り立ってるんだよ。二通りの考えかたで平等に募金が行き渡ればそれでいいやん?
けど、耳が聞こえねーだの、手が震えるだの、突然言い出すんじゃねーよ。ここじゃ、健常者も障害者も分け隔てねーんだからよ。
貧しい国では障害者の入る施設もなく健常者と同じ学校に通っている。そして健常者も障害者を当たり前のように受け入れ手助けしている。本来それがあるべき姿。
悲劇ってのは、それを知らされてしまった第三者にも苦痛を与えるから、ただの傍観者にしておけない構造を持ってるわけ。
だからその苦痛を和らげる為に、募金するなり差別するなり無視するなり、何らかの処置を積極的に講じて、自分の中でのその悲劇の位置付けの改善を計る必要が出てくるってだけの話だろ。
後日にトラックバックするだけにしようと思ったんですが、実際に障碍をお持ちの方達がコメントを書いていらっしゃるので・・・。
自閉症は先天的な障碍なのですが外見ではわかりませんので、生まれてからしばらく1年〜3年くらい経ってから判明します。
実際、子供の障碍を知った時は「俺がどんな畜生道に堕ちてもこの子を育て、守るのだ」という気持ちでした。
私は「彼女の為に寄付をする・寄付をしない」という事で、その人の人間性(善とか偽善とか)を云々したく有りません。
382さんの意見は決して間違ってはいないと思いますが、382さんは「寄付をする人の人間性」に言及されていた。
同時にその行動、今回ならば募金という形ですが、それがどう回ろうと最終地点で誰かが助かるわけですからお互いを批判しあう必要はないんじゃないでしょうか?
>>238が述べたように「不必要に強烈な倫理観を問われる存在」ジュリアナちゃんの生を通じて己を振りかえざるをえない。
北朝鮮の例で言うなら、官僚が裕福になるんだから何百万飢え死のうがいいじゃないか、といってるようなもの。
ただそれは税金や公的な資金の使い方を決める場合の話で、私財で以ってする募金なら、優先順位が恣意的で偏りのあるものであって当然です。
優先順位を付けるというのは何も残酷なことではありません。誰でもやってることです。一人にできることは限られていますから。ましてや他人のためにすることなんて。
他に有効な使い道があるんじゃないか、という提案ももっともだとは思います。が、この場でそれを言うと募金をする人の善意(偽善かどうかはともかく)に水を差しているように受け取られてしまいますね、どうしても。
世の中の差別・偏見のほうがよっぽど“甘っちょろいもの”ではないですよ。“自分の顔が醜いから”罪悪感を感じるっていうのは
俺は単純に、この子は怖くて醜いと思うよ。できれば見たくないな。でも、それを言っちゃあ人間として失格だし、彼女のために何かしてやりたい気持ちもあるよ。
話は飛躍しちゃうかも知れないけど、日本でも障害のある方達の宿泊拒否をめぐってホテル側が叩かれましたよね。でも、私はあのニュースを見ていて自分自身が宿泊客だった場合、もし夜間にあのホテルの露天風呂に一人で行った時にあちこち欠損している人たちと遭遇したら悲鳴を上げてしまうんじゃないか、と思ったんです。
確かに彼等は長年虐げられ世の中から隔離され親、兄弟、親戚の全てに生きながらにして別離せざるをえないという残酷な運命を余儀なくされていた、というのは頭ではわかるんです。でも五体満足に生まれた人間にとって明らかに自分達と違う様相の人に出会ったとき、事前にその事を知らなければ恐怖を覚えるのも又、事実だと思うのです。
この子が物心がついて活動範囲も広くなった時に人々に相当なショックを与えるのは事実ではないのでしょうか。そして自分の顔が人々に恐怖心を与えるという事実をどう処理して生きていくのかを考えると果たして産む事が最善の事だったのか私はやはり疑問に思えるのです。
あそこまでの奇形だと整形をしても本当に例えは悪いけれど現在の「化け物」のような顔から「醜い顔」にする程度が精一杯だと思います。けして私達一般人が想像する普通の顔からは程遠いでしょう。残酷なのは承知の上ですが事実です。
奇形児を処分する、と言う話しですが私が知っているのは世間に受け入れられるキャパを超えている奇形児に延命処置をする親が殆ど居ないというのは本当の事だそうです。現在も多指症や口蓋裂などの子は多いですが、殆どが手術で奇形では無くなる範囲の子に関してのみ親は希望を持つ、それ以上の奇形を持つ子供に関しては死産扱いが多いそうです。昔は水頭症の子は珍しくなかったけれど今はあまり見ませんよね。何故だかわかりますか?生まれてすぐに染色体の検査をする現代では出産から退院までの一週間の間にその結果が出るのです。昔は違いました。ある程度(生後半年ぐらい)から症状が出たので「殺す」という選択が無かったのです。今は退院までの一週間で生かすか殺すかの二者択一が可能となっているので淘汰されているわけです。奇形児が減ったのではなく奇形児は淘汰されている場合が多いのです。
だからと言って私はその究極の二者択一で延命を望まなかった親を軽蔑はしません。私にはたまたま障害の無い子供が二人います。それでも子育ては心身ともに大変なものです。これから高齢出産が増えていきダウン症などを持つ子供も多くなるのは必然ですが、やはり羊水検査をして染色異常が認められた場合中絶、死産をする人は圧倒的です。経済的な余裕がないのです。保育器に一日入れるとその負担額がいくら掛かるか皆さん知っているでしょうか。私は重度の障害を育てられるだけの経済的余裕は・・ありません・・。
この人にこれだけ出すんだったらこの人と、この人が助かる方がよいとかって事か?実際やれんのかそんなこと。理想論エラソーに言ってんじゃねーよ。ネットでシコシコしてる現実逃避のバカども!ウケんだけどマジで。
ここじゃ、ジュリアナって子の為に寄付を求めてるって話してんだから、それでいいじゃんよ。コストなんたらとか全然関係ねーこと言ってんじゃねーよ。
そう言う事を言う事事態が既に間違ってる。なんのための弁解でなんのための肩書きだろうか。彼女にとっちゃ塵に等しい。でもこう言う一種の争いとも言える話し合いを、いつまでグダグダ言ってんだとか言うことも、また単なる弁解にしかすぎないね。
だって俺たちには募金は出来るだろう。応援は出来るだろう。だがそれ以上の何も出来るわけが無い。その行き場の無い怒りの矛先をここに求めるのは当たり前だ。それをも否定するってのはおかしい。どんな意見であれ、グロイだの可哀想だの、それがいいだの悪いだの、募金しろだの俺たちには所詮関係無いなど、
そう言う事を言うしか俺たちには出来ないんだよ。金をやってせいぜい頑張れと応援するしか出来ないんだよ。それを「ただのループ」等とは思ってはいけないだろうね。それが最大の出来うる応援だ。話される事こそがね。
彼女は"人間"として生まれることができたのか疑問に思わざるにはいられません。もちろん、前途した定義で人間と定めるのであれば彼女は間違いなく「人間」でしょう。
偽善募金も本質はどうであれ相手にとって善であるのは間違いありません。もし相手にとってその行為が迷惑であれば「善」にはなり得ませんし「偽善」にもなりません。迷惑や悪といったところでしょうか。
受け手がお金を募っているのだから、本質はどうであれ相手にとって善になっていれば良いのではないでしょうか。
相手が要らないと言っているのに過剰に送りつけるような妄信団体の行為を「偽善」と勘違いして認識している人が多いように思われます。
今思ったんだが、「ジュリアナちゃんの元に、日本人から募金が届いています」みたいな感じで報道してくれるなら、米国内においての日本人のイメージアップになるな。
両親は公にはしないが、数年後 彼女は毒殺される。 毒殺だとばれないように時間をかけてジワジワと命をむしばんでいくんだ。
両親は世界中から得た募金で大盤振る舞い、世間的には可愛いわが子を失った哀れな家族を装いつつ、裏では札束を数える日々。
お父さんはエンツゥオフェラーリを乗り回し、お母さんはシャネルにヴィトンにムートンにとブランドを身につけ始める。 お姉ちゃんは 両親の愛を一身にうけ 今日はあの服、明日はこの服とオシャレ街道まっしぐら。
しかし、そんな幸せも長くは続かなかった。 家族全員がジュリアちゃんの夢を見るようになるのだ。 その数ヵ月後、家族は原因不明の病の犯され この一家は絶えてしまうと思う。
顔も見たこともない奴ら1000人のために1万円募金するよりも、少しなりとも事情知ってるジュリアちゃんに1万円募金するほうがいいけどね。
結局、ひとりの人を救うんだったらもっと多くの人を救った方がいい、みたいなことを言ってる連中は、理想論ばっかりで方法論が全く欠落してるよね。
病気でもなんでもないのに普通の両親から突然おブス様で生まれちゃった人はどこにも文句言えない分大変だなー
悲惨な目にあった人達を見て「可哀想」と思うのは当然起こりうる感情なのに、それを否定して「(現在の世界を作ってくれて)有難いと思わないとダメだ」とか言われたよ。
言いたいことはわかるが、ものすごく利己的で浅ましく偽善的な考え方のように自分には感じられたことを覚えてる。
仮に科学が発達してそういうのが生まれないようになったとしても、それは臭いものに蓋をしただけで本当の解決じゃないと思う。
その男性の奥さんも男性ほどではないけど同じ障害を持っている人で、ご夫婦が連れて歩いていた娘さんは両親と同じ障害を持っていない、ちょっと人目を引くような可愛い子だった。
出くわした瞬間引きつった自分なのに、陳腐で偽善的だとは思ったけど、結婚して可愛い子供に恵まれて良かったと思ったり、これから先のその一家のシアワセを心底願ったよ。
醜いから安楽死っていうんじゃなくて、醜いから幸せになれないから安楽死したほうがいって思うんだと思う。
足のない人間がサッカー選手になれますか? 手のない人間が野球選手になれますか? 目のない人間が新聞記者になれますか?
それと同じなんですよ、 美しくない人間はもてることはないんですよ。 心の美しくない人間も決してもてるわけがないんですよ。
世の中には彼女が全然できなくて、友達も全然できなくて、自分の指を折り曲げてお尻に見せてハァハァしてる人だっているのでしょう? ねぇ524さんもそうでしょう?
もしくは某人気アニメドラえ○んの静香ちゃんのタケコプターシーンとお風呂シーンを標準録画している大学生だっているのでしょう?
中三の夏に痛みが出始めて、高校受験の直前まで我慢しつづけたものの、猛烈な痛みに耐え切れず親に相談す。
発症から暫く経過していたために、病状はカナリ進行していた。彼は舌の6割を切除することで、一時落ち着いたらしい。
俺の叔父は葬儀に出向いたのだが、彼の顔面は半分無かったそうだ、ガンの切除の為に顔面に何度もメスを入れたのだという。
祖母は馬鹿言うなといったが、「死ぬ前に一度女の人の胸をもんでみたかったんだ」と泣きながら祖母に頼み込んだそうだ。
私はまだ高三ですし、どうこう言える人間でもなければ彼女の助けになれる訳でもありませんが、この場で突きつけられた課題はこれからも考え続けていきます。
笑うことが人間の特徴だって誰かが言ってた気がする。 募金する時の気持ちってどういうのが正しいのでしょう?
手のない人がメージャーリーガー?パラリンピックじゃなくて?手がないのに入れるほどメジャーリーグって甘いところなんですか?
奇形の女性がもてた について。 その人には隠し財産や結婚した相手にとって+になる部分があったんじゃないですか?
結婚したら一生国から面倒見てもらえるとか。 それとも結婚した男性もどこか異常があったんじゃないでしょうか?
たしかプラナリアという病気にかかった子供を何かのテレビ番組で見ました。13歳が平均の寿命で、そこにうつった13歳の女の子の髪は抜け落ち、ちいさいおばあさんのようでした。
当然、13歳が平均の寿命ですから、そのうちには死んでしまうでしょう。健常者の皆さんより寿命はダイブ短いです。けれどもそのこは安楽死など選ばず、いずれ必ずやって来る死を受け止め、自分が死ぬまで、家族に愛を伝えたいといっていました。
アメリカでしょうからヤラセかもしれません。その子の母親は事実他の男と結婚して他の子供も作りました。けれど、プラナリアの少女はテレビの前で、家族を愛しているといいました。生まれたときに自分を殺さなかったことを恨んではいません。
このこの事例はあくまでこの子にしか当てはまらないかもしれません。私の思うことはあくまで推測の域を出ることはありません。けれど、障害を持って生まれたから、殺したほうがよかった。というのは短絡的だと思います。幸せになれる確率は低いかもしれませんが、それを摘み取る権利は親にも医者にもないと思います。
金銭的な問題で、子供を殺す親を非難はできません。けれど、子供の不幸になると決め付けて殺す親には賛成できません。不確定な情報例ですみませんが、それだけです。
ジュリアナちゃんの人生は不幸だと、ここにいる何人かのひとは勝手に決めてかかってらっしゃるようですが、
それはむしろ「もしオレがジュリアナちゃんだったら不幸だな。だから殺すべきだったんだ」という、自分の感覚中心の理屈なんではないでしょうかね。
重い心臓病のため、米国での心臓移植を希望する2人の少年を救おうと、それぞれの家族や友人たちが20、21の両日、厚生労働省で相次いで記者会見を開き、支援を呼びかけた。
2人は、千葉市の高校2年吉井貴哉(たかや)さん(17)と、東京都青梅市の小学6年生佐藤節(たかし)君(11)。吉井さんは心筋が徐々に硬直する「拘束型心筋症」。佐藤君は、今年1月に突然体調を崩し、心臓が次第に拡張する「拡張型心筋症」と判明した。
問い合わせ先は吉井さんが「日本移植支援協会」(03・5459・6718)、佐藤さんが「たかしくんを救う会」(0428・32・8250)。
生まれてすぐにゴミ箱や外に棄てられる子は世界で何万人と毎年いる。そういう子達だって自分たちと同じように生まれてきたのに誰からも愛されることなく、その生きた意味すらなく死んでいってしまう。
街中で自分のような人物をみかけたらギョッとするだろうし、気持ちが悪いという印象を抱く人間がほとんどだということもわかってる。
そして他人は人前では自分のことを必要以上に、違和感が残るほどに「応援する」だの「尊敬する」だの言ってくるものだということもわかってる。
けれど、一人に「気持ち悪い」といわれ、そして続けざまもう一人がそいつをクズ扱いしたあと、さも自分が善人であるかのように俺だったらどーの、すごいと思うだの、応援してるだの言われることが一番つらい。
たぶん、この子が生まれた当初は驚くだろう。私には、この子はとても育てられないと思うに違いない。でも、1日育児をすれば、考え方は180度変わる。
もちろん、障害もなく健康体で生まれてきてくれたことに感謝はしているけれど、私の娘がたとえ障害者だったしても、今後そうなったとしても、私の心の瞳にうつる娘は、たぶん同じだ。
この子のお姉ちゃんが、笑顔で普通に接していることに疑問を投げかけていた人がいたけれど、親とは、家族とは、そういうものです。
そんなに子供が可愛いなら自分の命と引き換えに大金手に入れてもいいじゃないか、生命保険使うもよし、銀行強盗に挑戦するもよし、 なんでわざわざ募金なんてまどろっこしい真似するんだろうね。
理由は多分、これから先のジュリアナちゃんの人生が 少しでもやわらぐように、みんなにジュリアナちゃんのことを知ってほしかったからだと思う。
殺すこともできず、子供を施設に送る親は自分の被害を最小限に抑えてる親だけど、 殺すこともせず、自分のそばに子供をおく親は、自分も一緒に火の粉をかぶろうという決意のある親だと思う。
社会的にみて幸せになれる可能性は低いかもしれないが、家族の絆が深ければ深いほど、ジュリアナちゃんは幸せになれると思う。
俺の意見は、この女の子は怖いし気持ち悪いから見たくない。でも、気の毒だと思うし幸せになってほしい。矛盾しているが、それが人間ってもんだろう?普通に考えれば、この子は不幸だと思う。
俺みたいな考えの奴って多くないか?そして、それが普通の人間の考えじゃないのか?それが良いか悪いかは別としてさ。
彼女の親がジュリアナちゃんを産むのは自由なんだけど、彼女を育てるのには莫大な医療費がかかるわけで、彼女の両親が自分たちの経済力だけでは育てられないことを分かっていながら産むのはどうかなとも思う。
ジュリアナちゃんにも生まれる権利があると思うけど、世界中で経済的な理由から中絶される多くの胎児たちのことを考えると複雑な気持ちになる。
また経済的な理由から十分な治療を受けられずに死んでいく多くの病人たちのことを考えると複雑な気持ちになる。
悪いけど私は581の意見に賛成です。「普通の考え」というのは「気分」に限りなく近い場合がほとんどだと思います。
私としては、充分な家族の愛と資金さえあれば障害者も幸せを感じることは充分可能だろうし、そうでなければ自身を不幸に感じる可能性はかなり高いと考えています。
自分=普通で、自分以外=極端、の二択でしかものを見ないんだから、同種の人間が、批判=攻撃としか認識できないのも仕方ないよ。
生かすか、安楽死させるか意見が分かれてるみたいだけど、まず言える事は第三者がそれが正しいとか言うのは間違ってるという事だ。
だけどもしジュリアナが物心つくようになって自分を不幸と感じるようになったり、自殺するようなことになったらそのときは生かした親の責任なので批難されても仕方ない。
関係ないけど、こんなに書き込みされてる掲示板、このサイトでは始めてみた。いったい何人の人が書いてるんだろう?
正直言って、確かに醜いとは思うが、それをどうこう言ういう以前にどうして金が必要かって考えた人いるわけ?
ならば、この子の親が醜さをアピールしたのは(小さい子にきもちわるいと言われた…という下り)は充分効果あり、ということだな。
こう言うと心が狭いようだけど、自然淘汰という概念を当てはめて考えると、普通に生き残る能力のない子供を科学の力で無理やり生きさせるというのは自然の摂理に逆らっているような気がする。
お互いが違う意見を出し合って、議論を楽しむのがここの良さだとは思うけど、こう不愉快な気持ちにさせられちゃあ、嫌になるね。
心のヒネた、とんち小僧の何と多い事か。ま、そういう奴に限って実社会では誰からも相手にされず、口ばっかしで何も生産しない輩なんだろうな。
昔『ザ・スクープ』って言う番組で、湾岸戦争帰還兵の身体の不調と、生まれてくる兵士の子供が持つ障害について報道されていた。その兵士の子供の形状にインパクトがあっていまだに名前が思い出せたけどセドリックという子供で、今思うにあれも軽度のトリーチャー・コリンズ症候群だった。今回のこれも劣化ウラン弾っぽいのに父親が被爆したとか全く触れていない。本来なら危険性が指摘されているのに、いまだに使用し続ける米国政府が、募金に変わる援助を出すのが筋じゃないのかな。
ってな。 ほらな、あの両親にしろ 募金した奴にしろ 自分にとってなんかしら利益があると思って、ジュリアナちゃんをおかずにしてるだけなんだよ
>心のヒネた、とんち小僧の何と多い事か。ま、そういう奴に限って実社会では誰からも相手にされず、口ばっかしで何も生>産しない輩なんだろうな。
そういう俺っちも銀行で募金したけどな。 新潟の中越地震のやつで。 市役所で募金すれば市報に名前載りますよって言われたけど「いいですよ対した金額じゃないから」って断りました。
どうしても上から見下したような言葉になる自分が嫌だけど、彼女にとって幸せな人生を送って欲しいと思いました。
おまえはそうやってこの世のすべてを善と悪の二つにしか分けることができないのか?そもそも善と悪のボーダーってなんなんだ?お前が勝手に決め付けてるその善と悪を他人に押し付けるのは器用な手法ではないと思うぞ。
人間がなぜ生まれてきたか問いたくなる。今、生きている人の中でちょっと人生に失敗しただけで死にたいっていってる人に見てもらって少しでも生きる気になってほしい。言ってる意味わかるかなぁ?
>自分=普通で、自分以外=極端、の二択でしかものを見ないんだから、同種の人間が、批判=攻撃としか認識できないのも仕方ないよ。
それを私よんだけれど、母親はどんな子でも我が子がカワイイもんなんだと改めて実感。だからジュリアナちゃんの親はどんなに普通の顔した子供よりもジュリアナちゃんのが愛しくカワイイと思ってるはず。
そしてどんな子でも死なれると親は辛いのだよ。この母親も悩んだろうと思うよ?それに親じたいも過酷な人生を送らせることくらいわかってるだろうよ。だからこそ精一杯の愛情を注ぐのだよ。とにかく、家族に愛されていればいいのだよ。それが一番の幸せだ。
それに皆ここに書き込んでる人の中でまだ親になってない人は親になって理解するだろうとおもうよ。例え我が子がジュリアナちゃんみたいに生まれてきても、実際殺せないだろう、そして精一杯の努力をするだろうと思うよ。普通の人ならね。
もしこの顔で生まれてきて家族にみすてられ誰にも愛されずに死ぬこと考えれば、それが我が子なら・・・・。絶対そうはしたくないはず。他人に嫌がられることがわかってるからこそ自分がいっぱいの愛情を注ぐんだよ。
>>643や「エレファントマン」、今回の記事とそれについての書き込みなどをみていると、"本当の醜さは精神にあり"っておもえます。当たり前のようだけど・・・・
重度障害児であると分かってる子供を産み育てるという判断の根拠を、「親の愛情」だけにしてしまうと、その両親にはとてつもないプレッシャーを与える事になるかもしれない、とか考えない?
飯田史彦氏の「生きがいの創造」という本によると、人間は魂を磨いて成長するために何度も何度も生まれ変わっているそうです。そして、成長した魂ほど意図的に過酷な運命を自分に課して生まれてくるそうです。
今回の人生でジュリアナちゃんとして生まれてきた魂、ご家族として生まれてきた魂は、きっと私達よりも成長されているのでしょう。私達も、他人を愛することにより自分の魂を成長させることができるそうです。
自分はなぜ生まれてきたのか、どのように生きるべきなのかを知りたい方にとっては、「生きがいの創造」は非常にお勧めです。
お金を稼ぐことや成功することが人生の目的だと思っていた私は、これまでの人生観がガラガラと崩れ落ち大きな衝撃を受けました。
募金したいけど英語で読めない人!このサイトでページを訳してくれます。[ >> LINK ]
ひきこもりってのは根暗だから、自分より不幸な奴とか自分と同じような境遇のやつ見つけるとかまいたくなるんだよ。
匿名性を振りかざしまくって無責任な発言をするようになったのは、2chからの流れだと思うのだけども、どうか。
みんな下を向いてたんだけど、バカな高校生2人が「うわ、なんだあの顔」といって笑ってるのを見て我慢できなくなって殴ってやろうか、と思ってたら次の駅までの走行中周りの乗客みんながそいつを思いっきり突き飛ばしていた。
マスターベーションな発言かもしれませんが、こういった事実に触れられて良かったです。私は「自分が(親・ジュリアナちゃん)だったら・・・」と少しでも真剣に自己反映することが、ある意味でジュリアナちゃん家族に私がしてあげられる一番のメッセージになるのではと思っています。
>みな手術、手術というけれど出来ることなら親からもらった大切な体を大事にしてほしいし、あのままでも自分に誇りを持って生きられるような社会であって欲しいと思う。
何もできないのは、お前だろうが。この、引きこもり野郎め。677さんは、間違った事は言ってないだろうが。
>>646 顎顔面補綴(エピテーゼ)といわれるもので現在の技術では成長に合わせて作り変えていかなければなりません。
>>646 顎顔面補綴(エピテーゼ)といわれるもので現在の技術では成長に合わせて作り変えていかなければなりません。
親を泣かせたことありますか?家族が暖かければ暖かいほどジレンマになるんですよ。家族を悲しませたくない、だから自殺できない。自殺できないけど社会にも出られない。前進することも後退することもできない。
旦那さんができたとしても、ジュリアナちゃんは子供を生もうとは思わないだろう。 なぜなら彼女は凄く自分が苦しかったから、辛かったから。 自分の子供が正常で生まれてくるとは限らない。 もし自分と同じ境遇ならば、自分と同じ苦労を味わわせてしまうかもしれない、と考えるでしょう。
幸せになる条件が顔だけとは限らないと思います。遺伝うんぬんの問題もあるだろうし、子供ができてからの子供のその後などもあるでしょう。
それから、自分 最初の頃ジュリアナちゃんは殺したほうがいいって思ってたけど最近になって、ジュリアナちゃんも両親もがんばれって思えるようになった。
理由は簡単、自分も今がんばってるから。がんばること忘れて慢心した人間ってダメだね。自分調子にのってたなって思うよ。
洗いざらい捨てて、新しいところから始めるとさ どうしてもがんばってる奴とか、がんばろうとしてる奴って応援したくなるんだよね。
自分もがんばるから、あんたらもがんばれよ。負けるなよ、辛くても耐えて耐えて耐えて耐えぬけよって思える。
見るのは正直迷ったけど、実際見てみると文章を読んでるだけの感情だけと違って、何か勇気をもらえた気がします。
そして、手術をして普通のあるべき顔に戻ることは、正直難しいのではないかな、ということも分かりました。
それで、みなさんのジュリアナちゃんを安楽死させた方が良いかどうかって意見も少し拝見させてもらいましたけど、俺は『生死』以前に、ジュリアナちゃんの様な人を拒絶というか同じ人間として見ないというか、人間じゃない=差別みたいなものがなくなればなぁとか思いました。もちろん単純に価値観の好き嫌いは別としてね。そうすりゃジュリアナちゃんやご家族が今後受ける精神的な苦痛はずいぶん楽になるだろなって。
そりゃ医学で顔の骨を作るよりも大変で漠然とした話ですけどもね、ジュリアナちゃんをビデオで見て「死んだほうが楽だろう」という感想をお持ちの方がコメントに「殺したほうがいいんじゃない?」のように書くのは、ぶっちゃけ読んでいて心痛かったです。ジュリアナちゃんを追い詰めてるのは神でも悪魔でもなく、死んだほうが楽って思ってる側の人間の価値観なんじゃないでしょうか。ジュリアナちゃんに限ったことではないですが、差別を受けてしまう人が死ななきゃいけない理由ってのが間違ってる気がするんです。
現実問題、辛いのはジュリアナちゃんで、その人生を歩んでいるのもジュリアナちゃん。その事で生きるか死ぬかはジュリアナちゃんが考えることであって、ただ私達はその人生を応援してあげられればなぁって思います。がんばれ〜ジュリアナちゃん!
楽器みたいなのガツンガツン叩いてるとこみて、正直可愛いと思った。ウチのこ(2歳7ヶ月)もたぶん同じコトすると思うので。
顔の画像が出ても、その気持ちはかわらなかった。ウチのこだったとしても、多分同じようにかわいいと思うと思ったので。
でも、きっとこのニュースを見て、募金しようだとか、協力したいって人がでてくるはずなんだよね。障害をもつ人たちやその両親などに対する理解も深まるだろうし。
人の顔見て不細工だと思う何てのは、誰しも日常的にやってることなのに、こういう時だけ、罪悪感感じるだの言っちゃうのはいかがなものか。
それにこの子の場合、まず眼球の保護と構音機能と咀嚼機能をなんとかしてあげないと……ということもあるから、形成術で作っていく方向になるような気がする。
骨格は割と作りやすいんじゃないかな。筋もまあ、どこかから持ってくれば付けられると思う(デザイン大変だろうなあ)。
しかし、問題は皮膚。人工皮膚なんていうものの開発も行われてはいるけど、まだまだ実用化レベルに達してないから。
自分の実態が理解できたとき、誰にでも明るく振舞おうとしたり、もっと親しくなるために全然顔の事気にしてないように
キミたちが子供を作ったのは、単にキミたちが選択した道なのだから、人生の先輩ヅラして偉ぶらないように。
↑の例えは、まるでマチュピチュの古代遺跡に「ビザがないから」という理由で16年間居座り続けながら頭蓋骨に穴をあけたせいでカラオケが下手すぎるという理由で人を殺して空から大量のウンコが降ってきたせいで顔にマxコができたチュパカブラの真似をする寿命が1000歳のニューヨークの人気和風レストランにて家族と共に食事をしていた男性(47)がシェフが投げたエビにハチミツをブチまけるが如く回りくどいということはなんとなくわかった気がしたような気がしなくもないこともない。
>それよりも理解しにくい文を書き起こしオナニーを公開する奴は、>やっぱりどうしても知能を疑われても致し方ない。
高齢者の方がかかる事はあるものの当時二十歳の私は珍しいらしく、まるで実験材料の如く、入院中の回診は研修生達へテストの見本の様な扱いを受けました。
年齢的なもの、当初からあったものがそうで無くなる感、色々な面でのショックで人前に出れなくなり誰かに見られて笑われているという被害妄想も強くなりました。
情けない事に自殺もしました。顔の半分が崩れてるなんて生きていけないと思ったんです、女で、付き合ってる人も居なかった時ですからもう人並みに生きていけない、今まで普通だったのに、と。
最初からそういうものだというまま成長し、疑問を持たず自分を受け入れ自我が発達していってくれたならば、障害に悲観した悩みのみに陥る事も少ないのではないのかと思いました。
直チューブで栄養を摂取し、脳や眼球を守る為の安定も得られないのですから、やはり生命の維持でさえ不安定です。
自分の実態が理解できたとき、誰にでも明るく振舞おうとしたり、もっと親しくなるために全然顔の事気にしてないように
人の苦しみが分からない、低脳でなんちゃって良い親やってろ。この苦しみは、同じような事を経験した奴にしか
生きるも死ぬもこのお嬢さんが決めるよ。その選択が出来るまで、時間を与えることを決意したご両親は本当に親だ。
そこに出てる人ってのは、まあ、こういう顔で結構いやな思いもするけど明るく生きてますわ、みたいな、ある程度ふっきれた人達なわけだよ。自分達を社会的に知ってもらいたいとか、そういうパブリックな思いすらある人達だったわけだよ。
彼女にもし遺伝子レベルでの問題があったとしてもたいした問題では無いはずです。あなたのようなお馬鹿さんにわかりやすく説明させて頂きますと、遺伝子レベルでの問題があるとすれば、日本人の死因の第一位である、癌等の遺伝子の欠損レベルでしょう。
遺伝子というのは非常に入り組んだプログラムがされていて、仮に、何かが欠損した状態ならば、受精後の細胞分裂すら不可能です。後天的、先天的を問わず、遺伝子の欠損は致命的なのです。当然ですが、犬からは犬しか生まれて来ませんし、人からは人しか生まれてきません。どんな人にも遺伝子上の欠陥は存在しますが、人から生まれたからには「人」として認知されるべきで、淘汰される存在であるとは生物学上においても思えません。
受精直後、卵自体にカルシウムイオンの波動が起こるからその点を踏まえれば化学反応と言ってもおかしくないよ。
なんとなく、三浦綾子の『塩狩峠』を思い出した。なんやかんやはともかくとして、この子が幸せになる方法は、「彼女の精神力に期待!」ということを除くとしたならば、医学の発展によって、彼女の顔がなんとかなるに期待、もしくは周りの人間の精神構造が変わって、素直に受け入れられる、もしくは同情してもらえるような社会に期待、ということになるのかなぁ。
私としては後者に期待したいものだ。当人にとっては同情すらも苦痛の材料かもしれんけども。異端は排除という風潮をなくすという幻想を現実にしてくこと
現代社会は、良かれ悪かれ、個人が集団と隔絶しても立派に生活できるものになっているから、それほど絶望したものでもないのかもしれないしね。自宅でできる仕事はたくさんあるし。これからも増えるし。
コメントで何度も言われている通り、幸せのモノサシは人それぞれであって、アフリカの貧しい子どもたちにサツマイモ一つあげるのと、日本の肥えた子どもたちにサツマイモ1つあげるのとでは、もらった嬉しさみたいなものが違うでしょ。暴論だけども。辛ければ辛いほど、一つの幸せが大きくなるというのはヒトゴト的で、あまりに楽観的かもしれないけども。彼女なりの幸せを見つけて欲しいと思う。そして、それは、「生まれて来て良かった」という人生を送ることは、可能だと思う。親もそう思って産み、育てているのではないかな。ということで、私は産まれてきて良かったと思うという考えになる。
生物は遺伝子を残すためにあらゆる手段を使っている。科学も手段の一つに過ぎない。大いに利用するべきだ。
何にせよ、彼女の“これから”を、ここのみんなみたいに真剣に考える人が増えれば増えるほど、彼女にとって過ごし易い世の中になるんじゃないかなと思った。
まあ、何がどうあれジュリアナちゃんがお父さんやお母さんの心からの愛情をたっくさん受けて、その愛情で人生を幸せに生きてほしいと思うよ。
まあ、何がどうあれジュリアナちゃんがお父さんやお母さんの心からの愛情をたっくさん受けて、その愛情で人生を幸せに生きてほしいと思うよ。
それは、親がその子に、本当の「愛情」を、与えるのか、不必要なほど、(過保護)になっていくのか、激しく「拒絶」するのか・・・。
そうすると、親がまた、「この子を生んで良かったの?」とか、過保護になったり、焦ったりして、愛情表現を忘れていくんだろうね。
私たちのように、何らかの可能性を持っているのだろう。それがどんな影響を世界に与えるかは、解らないけど。
私たちのように、何らかの可能性を持っているのだろう。それがどんな影響を世界に与えるかは、解らないけど。
家はぜんぜんジュリアナちゃんほどではないですが、私の子供も去年生まれたばかりですが、息子は皮膚の病気で、見た目でわかるので、子供からは「怖い」「気持ち悪い」と直に言われ大人はジロジロ見るだけ。だからかもしれないけど、ジュリアナちゃん見てもあまり驚かない自分に驚きました。正直、家の子もまず夫から写真で見せられ、これが赤チャン?人間?って感じでした。でも、親って何よりも自分の子が1番なんです。お腹に命がやどったときから自分の一部になるんです。だか私たちを恨み神様を恨み死にたいと思う時がくるでしょう。そのときは、散々恨まれても、死にたいと思うなら一緒に死ぬ覚悟ぐらい、子供が生まれた時からある。親ってそうゆうものなんです。でもこおゆう子供達の辛さや世間の目、差別、心無い言葉、言われなくても親はわかっています。神様がいるなら、こんな子達が住みやすい幸せになれる世の中にしてよ!!こんなに大きなハンデをもっても無事に元気に生まれてきたんだから。ジュリアナちゃん少しでもあなたに幸せが訪れますように!!
虐待なんかで子供を殺すような親が存在する昨今、あんな奴らと同じ人間のカテゴリーに括られたくないです。
死にたいと思うときが来るかもしれないけど、周りの人たちに愛され育ったことを誇りに思って欲しい。どうか、精一杯生きてくれ。頑張れ。
「ジュリアナちゃんのような人たちが適応できる事が本来目指すべき社会」っていうのには大賛成。ってか、そうあるべきだと思いました。
いろんな意見がでてるけど、やっぱり、多くの人たちはジュリアナちゃんの幸せを望むだろうし、両親にもがんばってもらいたいって思うはずだからね。
ジュリアナちゃんの両親を非難している人もいるみたいだけど、それって、匿名で発言できるネットだからなんじゃないですか。
普通に考えても「この子に愛の手を!」とか演説する方が賛同がえられるはずだし。そうだとすれば、現在の状態がいずれにしても、ジュリアナちゃんが幸せに暮らせるような社会を目指すべきなんだよなぁ。
ここに書き込みしてる人たち全員、正月を百回迎える前に死んじゃうでしょ。次の世代、次の世代って移り変わって行く間に、こうした議論がいろんなところで活発にされたりしながら、いつのまにか社会が変わってくんだよね。俺たちが作れなかった理想の社会を俺たちの子供達には作り上げて欲しいな。と思いました。
>欧米では、「病人」や「障害者」と呼ぶのは止めて「チャレンジング・パーソン」(挑戦者)と呼ぶ習慣が広がりつつあります。この言葉には、「それほどの高度な試練に挑戦している、素晴らしい人々」という、尊敬の念が込められているのです。
そう思うのは自然な反応だと思いますけど(ジュリアナちゃんのコトを悪く言ってるわけじゃないです)それを無理矢理裏返して「頑張れ」だなんていう。
自分が一番なお姉ちゃんが子供産んで何がビビッタかって自分自身より大切なものってのが出来たことだって!!!
この子のこれからの苦労を考えたら、生まれさせない方が良かったんじゃないかっていう考え方は、一家心中で子供が苦労するのを考えて道連れにする親と大差ない気がするんですけど。とてもエゴイスティックだと思う。
なんか生まれたらお先真っ暗みたいな意見多いけど、医学的には段階的に骨形成していくことで次第にある程度まで整えていけるはずなんですけど。その費用などもあって募金してるんだろうし。
あと意見だけど、そりゃ反射的には「気持ち悪い」って思うかもしれないけど、わざわざ書き込んでまで「気持ち悪い」と思う事を正当化しちゃう人って、分別なく言っちゃう子供と同レベルですね。
彼女には顔の骨がある俺たちのきもちはいつまでたってもわからないし、俺たちにも骨のない状態がどんなものかなんて結局予想する範疇でしかない。ただ彼女はその病気のために多くの人から愛情と優しさを受けて育つわけだから、必ずしも不幸せとは限らないだろう。五体不満足で生まれたやつは不幸せであるわけではなく、不自由なだけだ。生まれたときから 顔の骨のないのと20歳になってから骨がなくなるのとでは重みが違う。つまり、彼女は幸せになることができる可能性がある。これからの手術が成功すれば・・・
仮にジュリアナちゃんが生きていることに耐えきれず自殺したとしたら親がジュリアナちゃんにあげたものは苦痛だけ、それはもう「鬼」って言われてもおかしくないでしょ
もちろんこれは仮定の話だけど867はこいうことが起きる可能性が高いということがわかっるてるのに産んだことを否定してるんだよ
>仮にジュリアナちゃんが生きていることに耐えきれず自殺したとしたら親がジュリアナちゃんにあげたものは苦痛だけ、それはもう「鬼」って言われてもおかしくないでしょ
>もちろんこれは仮定の話だけど867はこいうことが起きる可能性が高いということがわかっるてるのに産んだことを否定してるんだよ
既に十何回という手術を受け、これからさらに何十回という手術を受けるという彼女の境遇は通常者にはあまりに計り知れないことだ。その何十回にも及ぶ手術にも耐え、また親と医師団との間に強い信頼関係が生まれているのであれば、彼女は自殺など考えるわけなどないし、するはずもないだろう。その強い信頼関係は彼女の生きる世界を確立するものになるはずだから。
醜い容貌のために自殺すること、自分を否定することは自分を支えてくれた親と医師団を裏切ることになる。肉体的苦痛、精神的苦痛は確かに計り知れないものがあるが、それ以上につらい思いをしているともいえる親と医師による絶え間ない愛情は俺たちが普段受けている両親との結びつきよりもさらに深いものになりうるといえるだろう。
ただ、この先手術が成功したとしてもおそらく短命で終わるだろう。彼女の自我が目覚めたときには死はすぐ身近にあるものと理解して生きなければならないならないはずだ。延命治療だとしても彼女は生きる権利がある。
確かに現代医療はとても発達しているとは思いますが、どの程度までなのかは全く詳しく知らないので、ちょうどパソコンに無知な人がコンピュータが何でも出来ると錯覚してしまうように、私自身が医療を過信してしまっているような恐れを抱いています。
ジュリアナちゃんのご両親がメディアの取材を受けたのは、やはり募金を募ることが一つの大きな目的であると思うのです。
募金が集まって手術すれば顔が”普通”になるのなら、それがジュリアナちゃん家族の願いならば、それに協力したいと思います。
生かしてよかった、殺せばよかったという意見、いろいろとあるとは思いますが、どのような形であれ今ジュリアナちゃんが生きていることは間違いないのですから、これから先出来ることを考えるのもひとつではないかと私は思います。
”普通”の骨を持つ人間も決して自ら選択して生まれてきたのではないし、自分の力で自己のことを決定できたのはもっと後であったような気がしますから。
あとは募金を続けることも大切かな。一回5千円ずつで10回募金するば5万円だし100回募金すれば50万になるじゃないですか。
皆すぐかわいそう、ハンデあるのによく頑張ってるよねとかすぐ言うけど、そんなん同情されても自分では「???」とさっぱりなんだよね。
先天性(生まれつき)障害を持ってる人はみーーんな自分を全然不幸と思ってない。なぜなら自分にとってはその状況が普通なのだから。
その中で障害者というのは、社会の中で一生懸命働くということを考えてきた真面目な日本人には言ってみれば異端の存在として映る
福祉制度をサポートするだけのお金や技術は十分にあるんだけど、日本人の認識や精神がまだまだ欧米人のそれに追従できていないんだよね。
また障害者自らがもっと世の中に出て自己アピールしてその存在を広めなければならないんだけど、これも非常に勇気あることで難しい人も多いんだよなー…
ともかく、先ずは色んな体や顔、人種、宗教などなど色んな違いがあるってことを日本人は理解しといたほうがいいと思うし、私たち障害者もそうアピールしていかなきゃ現状の社会は何も変わらないと思うんだよね。
ニュースの中では、医療費用はus navyが負担、ただ、フロリダまでの交通費(おそらく病院まで行く費用だと思う)に年間6000ドルかかるといっている。
いくら医療が発達しているといえども、治療に時間がかかるのは必至。早く医療技術が彼女や両親の夢をかなえられるレベルになることを望む。
俺らに出来るのって「世の中にこういう不公平もあることを忘れないで、みんなでああでもないこうでもない。って考えること」だと思いながら、皆さんの意見を読み漁ってました。
人間ほどあさはかなものはない、急がなくてもいいことを急ぎ、争わなくてもいいことを争っている。この悪と苦の渦のなかで、あくせくとして働き、やっと生計を保っている。以上
どのコメントも結局似たり寄ったりで読む価値無しだわ、寄付するやつはすればいいし、オタ君は一生モニター凝視してればいい。
ここには善も悪もないよ、「もし自分がジュリアナちゃんだったら」「両親だったら」って勝手に想像してバッド入ってる奴がほとんど。本質なんて少しも見えちゃ居ない。
自分の考え方しだいで、「心の開き方で」どうにでもなると思う。 なぜなら、周りがどんな事を言ってきても、あなたは、あなたでしかないから、、、もし、自分には顔がないという事実を受け入れられなくて落ち込んでいたら、それで、一生を過ごすことになるけど、それでも生きていこうとすれば、普通の人生を送れるはずです。あなたは、たまたま顔の形が醜いだけで、後は喉にチュウブをつけているだけ?なのでそれ以外は他の人と何も変わらないので、ちゃんと生きていけます。むしろその事をバネにして、自分に厳しくして、何か自分の得意なことや、才能などを見つけて、それを生かすようにして人生を送って行けばいいと思います。 なぜならあなたは生きているから!?
障害を持った人には同情するけど、普通の不細工を差別するって人は確かに多そうだなあ。俺もその一人だと思う。
はじめてレス書きます。……やっぱり衝撃的な映像でした。前のレスとか読んでも、いろいろ議論されてますね。
でも私はやっぱり、ジュリアナちゃんとその家族にがんばってほしいと思います。すごくつらい事とかあると思うけど……
よく「障害は個性」っていうじゃないですか。正直、私はその言葉あまり好きじゃなかったんですよ。なんか、きれいごとって言うか…そんな感じがして。
でも、今はそう思わないんです。私は医療系の勉強してて、病院に実習に行く機会があったんですね。そこである障害を持った女の子に会いました。骨格も異常で、顔を見ても障害があるとわかる子です。はじめ見たときは、このビデオを見たときと同じで、少し「うわっ」て思ったんですね。でも……
その子と接していくうちに、そんな感情はなくなっていきました。その子は初対面の私によく懐いてくれました。私の手を握ってきてくれました。散歩に誘ってくれました。そして、笑いかけてくれました。
ジュリアナちゃんも大きくなって、つらい事がたくさんあると思います。でも、その分楽しいことがたくさんあると思います。だから私は彼女を応援したいです。
親が見せ物にしているとか言っている人がいるけど、それは違うと思う、、、障害を持っている子を育てて偉いとか言われたいわけじゃないでしょ。ただ、こうゆう子も存在しているという事を大勢の人に理解してもらいたいだけじゃないかなぁ。一番辛いのは周りの人から偏見をもたれることだと思うから…。程度は違うにしても障害をもっている子の親達に対しての、悩んでいるのは自分たちだけじゃないというメッセージの意味もあるのだと思う。
「障害者の状況を、健常者が当事者になったつもりで想像してみました」の典型パターンですね。失笑してしまいました
事故や病気などである日から障害者になった場合にはそれに近い状態になる事はありえますが、先天的障害の場合にはその想像は激しく的を外れています。
過去ログの「実際に障害者」や「それに近しい状況の人」「それを感覚的に理解できている人」のカキコを見て勉強してきてください。
あなたは改変された版の「100人の村」を読んで「ああ自分は幸せでよかった」とか考える低レベルの人の仲間ですね。
(改変されてない本来のものは状況を縮図として表しているだけのもので、後半にくっつけられた「ああなんと私の状況は素晴らしいんでしょう」みたいなアホみたいな一節がないもの)
「想像したもの」が余計に障害者を差別する結果になっていること。また生活しにくい状況にさせていることに早く気付いたほうが良いです。
とりあえず近い番号では>>912,914,917,918,952,922 。もっと昔の書込にもありますが、とりあえずこの辺りをいちど熟読熟考してきてください。
かわいそうだね。これから先苦労するよ、この子は。自分だったらかわいそうだけど生まれたときにこの子を殺してもらう。
我が日本国の内閣総理大臣が今日も国会で「人生いろいろ」発言を連呼しとるけど、まさしくそうじゃないかなぁーとふと思う。
金持ちが居れば貧乏人、秀才が居れば落ちこぼれ、二枚目が居れば三枚目、健全者が居れば当然!ハンディーを背負う方もいる。
普通の人間の営みが彼女には出来ないか、あるいは困難なものになるのでしょうね。人間は一部の異常者を除いて、絶えず人の和の中に自身を置くことで心の安定を図っているものですが、その点、彼女は常に周囲の好奇の目に晒され、自分が周囲とは違うのだと認識させられるのですね。その疎外感が不幸せに繋がるから可哀そうとかの感想が多いのですね。でも、その既成観念から一歩踏み出せば、彼女も彼女なりの幸せを掴むのではないでしょうか?その道のりは決して平坦なものではないでしょう。でも、普通に生まれた人間もいろいろな苦悩を抱えて生きているものです。たまたま彼女は人間が良く目にする「顔」という部位に苦悩があるだけなのです。
ヘレン・ケラーさんを皆はご存知でしょう?彼女は自分が生きている世界を見たことが無いのですよ?このことは何を意味しているのでしょうか?考えれば考えるほど、世界は不思議なものですね。
「おまえら障害者より俺らのほうが幸せに暮せてるんだよ、お前らは地の底でも這ってろ」みたいな雰囲気に感じてしまって、
会う人会う人から「あーあー、かわいそうにー」「仕事もできないねぇ、かわいそうに」「オナニーも出来ないんだねぇ、かわいそうにーw」
世界中の医者様!そして医学!頼むからもっともっともっともっと発達してくれ!本当に本当に頼みます!世の中の天才!頼むよ。ジュリアナを普通の人と同じようにしてあげて欲しい。今の俺には募金しかできない・・・。力のないことは時にすごく哀しい・・・。俺が医学に貢献したいが、俺のバカ頭じゃ無理なんだ。残りの人生かけても金がないし、時間もない。
わがままですみませんが、あと、もうちょっと簡単に募金できるシステムを構築してください!それからここで議論して自己満でおわってるやつ!できれば募金してください!俺も募金する!
ここで募金募金って言ってる奴らはジュリアナちゃんの衝撃的な顔を見た時の興奮を、罪悪感から無意識のうちに「哀」の感情にすり替えちゃってるだけなんじゃねーの。
このような掲示板では、何を感じたか、自分は何ができるか、何をすべきか、をのみ話すべきだと思うよ。君の書き込みには何にも価値がないし、何も生まれないよ。
「お金かかるんだから、手伝おう」とか「お金足りないみたいだから、余ってる分を分け与えよう」とか、そんなスタンスの人も居ると思うし。
上のひとが言うような罪悪感で募金した人がいたとしても、それはそれで結局は人助けになってるんだから、マンセーなんじゃないか。
まだ未成年であるし(言い訳だが)、カードとか良くわからないので、できればクリック一円みたいな俺にもわかりやすい募金が欲しい。
自分が感じたこの恐怖感は免疫となり、次に同じ病気になった子と出会った時に、今よりもその現実を冷静に受け止められると思う。
もし自分が何らかの病気や事故に遭い、もしくは自分の愛する人が何らかの病気や事故に遭い、莫大なお金が必要となった時、
普段、普通に暮らしていることが当たり前だと錯覚するけど、その当たり前が本当はすごく幸せなことなんだよね。
多くの人は後者であって、それは可能な限り目の前にいる人に不愉快な思いをさせない様にという配慮から来るものなんだろうけど、
先天的な障害者であるならそこに違和感や疎外感を感じる事は無いと思うんだけど(それが「普通」であるために)、
もし障害者だったら…なんてのは、俺たち健常者には理解不能だとおもうよ。だって、障害を持って産まれた人たちはそれが当たり前なんだから、いちいち人がどう思うとかって気にしてられないはず。
それって生きていくうちにいろんな壁を乗り越えて得た考え方だとおもう。障害者に限らず、俺たちにある、いわゆる「コンプレックス」だって同じでしょ。背が小さい人は背の大きさにコンプレックス感じるけど、その背の小ささを受け入れて、個性に転換するでしょ?実は俺ももう少し背が欲しかったけど。(^_^;)
もちろん、ジュリアナちゃんも大きくなったら「なんで私の顔は…」って悩むこともあるだろうけど、それも乗り越えちゃえると思うな。だって、ジュリアナちゃんを支えようって思いを寄せてくれる人が沢山いるからね。
ちょっと話がそれちゃうかもしんないけどさ、ここの書き込みにジュリアナちゃんが将来かわいそうだから殺すべきだったとか凄い事言ってる人がいるようだけど、ジュリアナちゃんに思いを寄せる人たちがいるうちは幸せになれる可能性は十分あると思うよ。
人に思いやりのない人間は人に思いやってもらえない。ってなんかの本で読んだけど、そういう寂しい人間はたとえ健常者でも寂しくて悲しい人生になるよね。長生きしてもさ、自分を思ってくれる人がいなきゃ死んだ方がましでしょ。
世界中から募金とかもらってるジュリアナちゃんはきっと優しい人間になれると思うし、そうなってもらいたいよ。
このままじゃ世間に受け入れられずに不幸になるだろう、だから逆に世間に晒して手術費用を捻出してもらおう。
確かに。この掲示板みても非難する人、募金する人、ただの傍観者等々、いろいろな人がいらっしゃいますよね。
先ほどお話ししたように私の子供はアトピーで大変な思いをしました。ご存じのように、アトピーの子供を持つ親にしかわからない苦労がありますよね。勿論、子供はもっと辛いのかも知れませんが。
しかし、世間はアトピーに対しての「認知度」が高く、いろいろな方に助けられ、今では完治とまでは言えませんが非常によくなりました。
ジュリアナちゃんの元にも多くの募金が集められていると思いますが、それはテレビやインターネットのメディアが多く取り上げたからです。世論は「認知」すれば善の方向に進んでいくものだと信じております。
今日のニュースで見ましたが、アフリカでは毎月十五万人の子供達がマラリア等の伝染病で死んでいるそうです。毎月大津波がアフリカを襲っているのと同じです。それを恥ずかしながら今日知ることができました。つたない私一個人の認知ではありますが、こうして「知る」ことができた事は大きな一歩に繋がるのだと思います。なぜなら、
しがないサラリーなので、たいした募金はできませんが、私はさせて頂こうと思います。長文失礼致しました。
俺はジュリアナちゃんの映像を見てそれほどショックをうけなかった。骨のレントゲン見たとき単純に、ビジュアル的にウワ!っ何これ?て思ったんだけど、映像は全然OK。何皆ちびってるんだよ、普通の家族じゃん、あんなん見ていちいちビビル?結局ほほえましい愛のビデオじゃん。切なくもならなかった。俺にとっては他人事。自分に同じ事がおきるまで他人事。
そりゃー顔はあんなんだけど家族の愛がアル、暖かいベッドがある、栄養も取れる、色んな人に抱っこしてもらえる。単純な幸せに囲まれてる。世の中生涯奴隷として生まれてくる人間がゴマンといる。先進国、五体満足で生まれても過剰なストレス、自殺に追い込まれる奴だっている。ジュリアンナちゃんは単純な幸せに囲まれている。恵まれている。
もちろん自分はジュリアンナちゃんの両親になりたいとも思わない。でも自分にジュリアンナちゃん見たいな子が生まれたらどうする?っていうシュミレーションは途中で辞めた。もちろん自分にはそんなんありえないっていう現実逃避も無い。そんなもん実際生まれないと解らない。両親に成りきったつもりでこれは正しい、正しくない、幸せ、不幸、、そんなん本人じゃないのに口にする権利は無い。
可愛いと思うか、不細工と思うか、面倒くさいと思うか、守ってあげたいと思うか、後悔するか、彼女の将来を思うか・・。そんなん生まれてこなきゃ解らんよ。
生まれる生まれないべき、幸せ、不幸、そんなん個人の自由でここにいる "他人" が決める事じゃないし心配する事でもない。だって幸せ、不幸は他人と比べて計るもんじゃない。大金持ちからみれば狭い部屋で住む一般人なんて貧乏でクズで取るに足らない、なにより "不幸" な存在なのかもしれない。でもそんなん他人がどうこう言ってもどうだっていいっしょ。自分は自分で他人は他人。ジュリアンナちゃんだって周りの人間が何言っても気にしちゃ駄目だよ。
ジュリアンナちゃんは一つの生命。生まれたからには死ぬまで全力に生きたい。生命とはそんなもん。死にたい?ってきかれたら嫌だ!生きたい!っていうのに決まってる。単純に愛と抱っこを求めてる彼女は可愛かった。生きる自由を与えられた。両親がそれを望んでそれを選んだ。それだけの話。
この子の将来を考えると、やっぱり1回は安楽死も考えると思う。けど、実行は出来ないんじゃないかな。自分を頼りにして、甘えてきてくれるのを見たら、殺すなんてできないもの。何とかして人並みの幸せをつかんで欲しい、その一心で必死に働いて、手術代を稼ごうとするんじゃないかな・・・
小さな子供に、"どんなにつらい目にあっても、幸せな人生と感じてくれたら・・"という重荷を負わせることに、どうしても抵抗があります。
今はまだ、そんな感情や疑問を持たない年齢だから、普通の子供と同じ仕草をするのも当たり前なわけで。。。
無かったことにしたいけど殺す勇気が出なくてひきずっていきそうな気がします。。毎朝起きて子供の顔を見るのがつらくなるだろうなと思いました。
このレスが一桁の頃から拝見させていただいてますが、話題はいつまでもループするだけ。議論を持ちかけずにただ自分の感想を綴ればいいのでは。
俺は偽善者だろうか?彼女はかわいいと思ったよ。従弟に障害者がいるのだが彼は四肢は満足なのだけど常に子供が駄々をこねてわめき散らして発狂してるような状態だった。俺は愛してあげたいから時には厳しくもした。間違いない、彼女はかわいい。彼女は意思の疎通ができる、Yes?Noのやり取りは特にかわいいと思った。こう考えるのは変でしょうか?彼女は遺伝子的病気であり障害者ではないだから彼女は本来の顔を取り戻す権利があると。医学的に難しいから国が全ての費用を負担する。
うる憶えで言葉が違うかも知れないがブラックジャックの「生まれない方が幸せな時も有るんだ」って言うのは、有りだと思う。(確か子供が泡で生まれるって言う話の時だったと思う)
ここの多数の人たちのような気持ちの人がいればいいのだと思いました。自分はこの子に対しても普通?に接する事ができるのではないかと思います。何か困っていたら手伝ったり。普通の世界ってなんでしょうか。普通の顔、綺麗な顔、それはそれでいいでしょう。でもそれをもうどうでもいいと思うのは強引でしょうか。顔が普通でなくても関係ない世界がいい、と思うのは理想的過ぎるでしょうか。理想論しか言ってないですが、こういう人たちが阻害され差別されるのは「しかたないと思いつつ」(ここがひどいですが)もううんざりです。
生物の進化というのは、より有能で環境に適応できるものが生存競争に勝ち残ることでなされてきた。環境に適応できないものは淘汰されてきた。そうやって今の人間の繁栄がある。
だからこのような奇形を無理に生かすのはよくない。生命の根源的原理に逆らっている。下手に長生きして奇形が子をなすようなことになったら人間という種の危機である。
だが親が子供をかわいがるのは当たり前。これはしょうがないにしても、他人が募金などの偽善的なことをするのはよくない!
正直、彼女の顔はグロテスクだし、見ていると気持ちが悪くなる。これは大きな欠損のある身体を見た人間の、ごく自然な反応で、その意見を本人や関係者に面と向かって話すのは良くないが、そう感じた自分までも抑圧する必要は無い。
本気で気持ち悪くないと思える人や、むしろ可愛いと思える人は、稀有な才能なので、その能力を生かす道に進むと社会のためになると思う。普通の人の意見は、「気持ち悪いけど怖いもの見たさで見ちゃった。でも、本人も家族も含めて凄く可哀想」ってとこだろう。
この場合の「同情」にも問題がある。多くの同情は自己満足でしかない。身内が当事者にいない事件への同情には、いつも自分の幸福を再確認するための自己満足が含まれている。
「こういう時、幸福な自分は相手を可哀想と思うべきだろ」、「気持ち悪いとか言う奴はまともじゃない。可哀想と思う俺はまとも」「これを見て可哀想と思える自分って素晴らしい」、「幸福な俺が不幸な彼女に何とかしてやらなくちゃ→募金」。
そもそもこの手の募金は、幸福な偽善者の気持ちを逆手に取って金を集め、それを不幸な者に分配するためのシステムだからだ。偽善的な気持ちなど、全て織り込み済みなのである。
基本的に、生まれて来た子供に顔が無い、なんていう状況は、普通の生活を送って来た人にはまるで想像が付かない世界だ。
少女の家族の気持ちになって考えてみろ、なんて言われても無理。そう言うお前は想像出来るのか、と。一日ボランティア体験じゃないぞ、これから何十年も毎日だぞ。莫大な治療費もかかるんだぞ。想像出来るわけがない。
最後に、「この子は殺した方が本人のためにも幸せ」と言ってる人。それは「お前がこの子の親だったら殺した方が、親として幸せだと思うから」だろと言いたい。まあ、想像力は働かせている方だと思うが、本人のためなんてとこまでは達していないわけで。
今の歳では、死にたいかどうかの選択肢を持つことすら出来ない。辛いことばかりが多いだろうが、嬉しいこともあるはず。こんな顔で生まれても愛してくれる親が居る。これだけでも大きな幸せの1つだと思う。成長して行く過程で、本当に嫌になったら本人の意思で自殺させてあげればいい。そこで自殺を選ぶか、生き抜く方向を選ぶかは、本人の性格次第だから。
少なくとも、「選べない」よりは「選べる」方が幸せ。これは絶対だ。だから、「選べる歳」になるまではしっかり育てる。これが正解のひとつだと俺は思うわけで。
今日はじめてこの記事を読んだ。・・・彼女が幸せかどうかは、僕には分からない。幸福というのは主観的なものであり、千者千様であり、レッテルを貼るように、前もった形式があって決めつけるものではないからだ。彼女自身が大人になり、僕らにその答えを教えてくれるだろう。自分の口で。おそらくは笑顔で、と願いたい。
彼女の父親は兵士だったそうだが、親の因果が子に報いというか、戦場で父親に殺された人間が殺された時の姿で子供に生まれ変わって来たんだろうな。
彼女は障害者として生きるなら障害者専用の就職会社につくと思う。要するに一般社会では無いと言う事。まだ生まれて間もないですが一般社会か障害者として生きるのか既に判断する時期にきてると思います。私は彼女は人の気持ちが判断できる人物なので一般社会で生きてもらいたいと思う。
今のままでも両親は幸せだと思うよ。あの娘の顔のことで、不憫に思って悲しくなったりもするだろうけど、「産まなきゃよかった、死なせておけばよかった」なんて絶対に思ってないよ。
私の言ってることは親のエゴかもしれないけど、科学が発達した現代に生まれてきたんだから、いつか普通の顔を得ることも許されると思いたい。
募金や非日常的なことに対する人々の興味や関心の偏り方が、売れるゲームと売れないゲームの差のようだ、と言っているのだ。
安楽死をさせてあげるべきだったのかっていう問題は、すごく難しいですね。でも少なくとも今彼女は両親に愛されて幸せだと思いますよ。両親が死んだ後はどうなってしまうんだろうって思ったけど、心配しなくても奇形児は長生きしないですよ。
今は障害を持って生まれてきた子供を、育児放棄して施設に入れてしまう人が多いそうですね。経済的にどうしようもないっていう理由ばっかりじゃないそうで。
(無論、ほかの人に比べて彼女があきらめなければならないことはあまりにも多すぎるが。数十回に及ぶ手術が無事成功することを祈っています。)
1058の意見から逃げていると言うが俺が比較できないと思っている以上、人によっては逃げていると言う意見もあるだろう
「限度を越えた不細工」と思うのはビデオを見たからだと思うが俺はビデオを見たから逆にそんな言い方は人間として普通できない
また、普段優しく接してくれている人間が、人を不細工と罵っているところをジュリアナが見たらどう考えると思う。
と誰かが思ったら、それが宅間守が生まれてきたことの意味になるのか?では殺された側の人間の意味はどこにある?それさえ彼ら犠牲者のお陰で、とか無理やり意味を見出すのか?
つまり、いかなる他人であろうと、誰かが生まれてきたことの意味など、「絶対に」他人が決められるものではない。
それにはっきり言うと、不細工とかそんなのは所詮主観によって大きく異なる。つまり、程度の問題であって、こうした、明らかに身体的な障害を抱えた人と比較すること自体が無意味。
単に不細工なやつを見たときの気持ちと、ハンセン病患者を見た時の気持ちが一緒であるとしたら、それはとてつもない鈍感だ。
言い回しが少々くどくなったのは申し訳ないが、押し付けたつもりもないしな。同意できなきゃそれでもいい。
記事を見て、思い立った今、募金をしようと思ったのですがやり方が分かりません。実際に募金された方、具体的にどのようにしたか教えてください。カード会社?のHPも見たけど、恥ずかしながら、英語が全然分からなかったです。
「エレファント・マン」とは違います。「マスク」は現代の話。頭蓋骨形成異常で通常の倍近い頭部(タテに長い感じ)を持つ少年と、その母親、友人や盲目の少女との交流を描いた映画です。
前世が酷い人間ほど生まれ変わったら残酷な人生が待ってるって言うけど、これが彼女やその家族の前世の結果なのか?
ブサイクいってる人はたぶんビデオを見てないんだと思うよ。14回も手術してもやっと喉にチューブを通してタンを取ったり栄養を取ったりしないと生きていけないんだよ?2歳にしてそうゆう事をしないと生きていけない命の綱渡りしてるんだよ?ブサイクはそういうことしなくても生きていけるでしょ?後30回手術要るんだよ?1回100万としたって3000万だよ?今たぶんこの家族にお金は無いと思う、だから周りに鬼と言われようが彼女をメディアに出してお金下さいっていってるんでしょ?(彼女の家が持ち家だったら話し違うけどね、まずは不動産があるんだったら処分しないとな)
「すべき」だとか「すべきじゃない」とか、人間ごときが考えたり議論したりしたって結論なんてでないんだから、
正直、少女の姿を世界中に見せていいのだろうか。。。。価値観の違いだが、かわいそうだ。興味本位で見る人が大半だろうし、わが子を想う両親が悲しんでいる姿を好奇心で見てしまった自分に反省しています。少女は、手術で正常になるのか。なおる補償もないのに、多額の医療費をかけて、育てる両親の愛情ははかり知れないものだ。命の重要性について深く考えなければいけない。少女は、この世に生まれてきて、幸せだったのだろうか。両親が生きているうちはいいけれど、逆に不幸なのかもしれない。
あなたの今までの発言は読み直せば分かると思うけどブサイクとジュリアナちゃんの境目は無いって言っている。
(ただ、この家族ホントに全てをジュリアナにつぎ込んでる?自分の資産を守りつつ周りに援助を受けようとしてるように思うんだが...。そんなに不幸に見えない...。)
タンや何かを気管に詰まらせたりして明日、あさってもしかしたら彼女は亡くなってしまうかもしれない。まだこの世に生を受けて2歳とちょっとだよ?彼女の将来に死がすぐ側迄来てるのかも知れないと考えたら優しい言葉しか自分には浮かばない。
ご両親の深い愛情にとても感動しました。そして人の親となる事の責任の重大さというものを思い知らされました。
偽善というものの定義自体は詳しくは知りませんが、根源に自己満足があるかどうかが基準となるのであれば、自分の行いが心の底から湧き出る善行であるか、あるいは自己満足に基づく偽善であるかを第三者に論ずる事自体ナンセンスであるように思います。
だから私は自分の事を偽善者と呼ばれても何とも思わない。善人である証明なんてできないし、自分でもよく分からないから。
2000位有れば書き込み日本一とかになってどっかで取り上げられて募金額がさらに増えるって事にならないかなって思ったりする。
殺人はよくないという議論であれば、上記視点から大多数の賛同を得られますが、このような事柄の場合、意見が割れることは多いです。
まだケーブル喉挿しなんかは嫌悪感を感じるんだけど(ああ俺品がない)人は慣れていく事が出来るんじゃないかと感じた。
ビデオ見る前は黒柳さんが書いた本の中で枯葉剤の影響で目がないのっぺらぼうなベトナムの女の子の写真を想像してた。
ビデオ見てから生後の写真はやっぱりうわっ、って思った。それよりはっきり言って怖かったし気持ち悪いと思った。
最初は周りの人間が普通に接してるの見てて、本人や親は一見普通に幸せそうな感じだけど、募金してって言う親が偽善ぽいとちょっと感じてしまった。こうやってメディアに出させるのもどうかと思ったし。
今後を考えたらまだ知的障害とか発達障害の方がマシだと思った。ハンセン氏病の人もたまに見ることあって見た目に慣れるってのもあると思うけど、この子は脳に障害があるわけじゃなさそうだし、何回も手術するつらさもあるだろうけど、もし自分の意見を自分の言葉で話せなかったら本人からすればとてもつらいと思う。
ふと思ったけど、これから30回以上の手術をしてまともに見れる顔になったとして、親は過去の写真を見せられるのだろうか?子供は過去の自分を受け入れられるのだろうか?
こういうニュースを見る時だけ、アメリカっていい国だなあと思います。だって、どんな姿かたち・境遇の人間でも生きていける場所があるから。
日本にも障害者専用の就職会社あるよ。働き先もあるから生きていけない事は無いよ。大変なのはそのこの社長、どうやって仕事とってこようか日々悩んでるはずだ。
まだ見てるでしょうか?最初の方での結論では振込先が違うということになってて振込めないと思っている人が居ると思います(自分がそう)。手続き、振込先等正しい物をお手数ですが書きこみお願い致します。
自殺というのは健常者のなせることと思われ。彼女は精神が普通だから将来はそれも有り得るかもしれない(でも、彼女は自分を受け入れる強い子だと思うよ)。
「異質なもの」と分類するのは、単なる少数事例というだけではないのか?存在するものはみな「存在するもの」であってその時点ではすべて平等で、その上に個性とかいうようなもので千差万別ちゅーことではないのか。
あるはずがないもの、いるはずがないもの、とかは無いわけで、優劣だって勝手に多数の見解で言われたり思考されたりしているだけでホントはそんなの無いのではないか?とか思っちゃったりして。
こういうのは必ず色んな意見に分かれると思うが 俺はやっぱりジュリアナちゃんを何とかまともな顔に治してあげたい マジで募金したいな
人間の業というか、その生を営むメカニズムは、生命が生命であるという時点で初めから遺伝子レベルでインプットされている情報(ルール)ということと考えたら、やはりそのルールの上で生きてゆかねばならぬとも言えましょう。(人間とか動物とか関係なく)
端的に言うと、自分のことをいわゆる劣等者と考える者は、しかしまずはそのルールの上で、自分自身や世間などと戦い前進しながら生きてゆくしかないのでしょう。生きることは苦しいことやもしれませぬ。ただ、逃げ出すのはもっと苦しく悲しいことと。
あるいは苦しみがそこはかとなくとも前進しようとしてるひとには、ちっぽけな自分にできるレベルでの協力もしてゆきたい。みんなでがんばることができたらサイコーだと思います。でも同時に、前進することを選び、歩みを進めてゆくことは、他ならぬ自分自身しか出来ぬこととも思います。
すぐ手術したらしいから記憶ないし、痕もよーく見ないとわからないし、人に話したことほとんどないし、今はごくごくふつうに生活できてるけど、
この子はどう生きるべきなのかはこの子自身にしか分からないだろうしこの子自身が決めて生きるのだろうけど、これ見ちゃったら正直…。
やっぱ人間(ココロにせよなんにせよ)醜い部分あるな、と思った。でも人間の心理って醜いとか汚い部分は忘れようとするんだよね。たぶん。本能的なのか理性なのか分からないけど。
私は小学校の方針で障害者の友達もいました。初めは私だってキモいとか近づきたくないと思いました。でも結局、生きて笑える限り、消えていい存在なんて無いんです。あとで自分の偏見が馬鹿らしくなりました。
暗そうな見た目の人でも実は凄く面白い人とか、見た目は遊び人だけど凄く真面目な人とか、色々例はあるでしょう。
性格形成に大切な環境を育んであげることが大事だと思います。そのためには今ここで見ている人の偏見だけでも緩められたらいいです。素直に募金したいなと思いました。
簡単にゎ言ゎれへんヶド 障害がなくても幸せになられへん人だってぉるゃん? 障害がぁるから幸せになられへんとゎ限らへんし 将来この子にめっちゃカッコィィ彼氏が出来たらぇぇなぁ って思ぅ。今はバリ優しそぉなパパがぉって羨ましぃし★☆こんなパパとなら一緒に頑張って生きてぃけるんちゃぅんかなぁ?安楽死させんでも人生何がぁるか分からへんから強く生きてもらぃたぃ!!!
>>974の人キモぃでなぁ…。絶対どっかのきっもぃマニァゃで!ゲーム買う事と同じなんて理解不能ゃねんヶド〜(爆)意味プー♪なぜにドラクエの話しとごっちゃになるん?頭弱すぎぃ〜♪ゅぅゎ、>>980の人と同じ意見!☆
むやみやたらに見るような画像じゃありません。見る前に必ず、覚悟してから見たほうが良いと思います。←(日本語変ですいません)自分自身も、それなりの覚悟をしてから見たのですが…やっぱりショックです。少し後悔しました…。人間の胎児を見ただけでこんなにもショックを受けるなんて事は、これから先無いと思います。
半泣きで拝読させて頂きました。彼女の命を唯一無二のものと愛したご両親に頭がさがります。私は彼らに募金します。血の通ってない偽善と言うやからは、ここから出てけばすむことです。私が募金する理由は、私と彼女たちとを神様が運命的にむすびつけたからこそ、これほどの感動と行動を与えたと言うほかありません。誰に募金しようが、何に感動しようが、みな、そんなスピリチュアルなつながりからきていると私は思っています。
連投してしまってごめんなさい。私はUFO関連の記事につられてここへと辿り着きましたが、皆様は何が契機でいらしたのでしょうか。予測できないニュースに出会えるこのサイトは、なかなかすぐれものですよね。無論、私自身、不愉快に感じるニュースや表現もあることは事実ですが、しかしそれも、多くのニーズにこたえるために必要とあらば、仕方のないことなんでしょうね。この子をキモいと仰るのは自由ですが、世の中では水面下でもっとも恐るべきキモさを漂わせた整形人間がブラウン管に居る事を忘れないで下さい。私は元AV嬢(代々木上原にあったダイヤモンド映像所属→倒産寸前に人肉の佐川さんと絡んだ者です)で、所属先の社長(村×とお×)とつながりのある某有名タレント事務所の人間たちを重々知っておりますが、彼らの話を聞くにつけ、芸能人のアンドロイド度数を確認すれば(一週間後に顔がはや代わりしてるというのは当たり前)、裸一貫で勝負している整形少な目のAV嬢が可愛く見えてきます。えーと、ちなみに村×社長って・・・某タレント事務所の社長と、かとうれ×いこが改造前の星野れ×いこ名で居た時代まで経営してた事務所で、実質上共同経営していた&二人はゲイフレンドだった(村×社長はバイで一方は巨乳好きの宣言でカモフラージュさせつつ本当はゲイ)&現在、熱海のホテル経営もしている元赤坂ブルーシャトーのSMママに「タバコ銭なくなったからお金頂戴」と電話してくる(ママの話によりますと、借金返済のために山×組に軟禁状態のうえで微々たるたぱこ銭もらいつつ裏ビデオ撮影強要されながら生活している)・・・そうな。ほかにも色々ありますが、横話にすぎるのでこれくらいでやめておきます。お目汚し申し訳ございませんでした。
全く抵抗無く見れた。顔の中身(脳の部分以外)が無い人の写真も見たことあるし。ただ、人の手を借りても生きられない場合ってのがあると思う。
ジュリアナちゃんは今の所脳が正常だし、いくらエコーで生まれる前に大体の形や障害があると分かっても、生まれてみないことには両親もかすかな希望にすがるのは当然。これで目も開かず、口も開いてなかったらもしかして安楽死させていたかもしれないけどね。
それに、俺の家の近くに障害者学校?があるんだけど、最初見たとき位かな、驚くのは。外見は見た目で慣れるよ。
キツイなと思うのは精神障害だね。。先生がいくら注意しても聞く耳持たないとか、暴れるののほうが悪いけど俺は関わりたくないと思う。
ジュリアナちゃんは生まれつきだから、周りの人も受け入れてて状況的にはいいのではないかな。寧ろ事故で成人してから顔の一部がなくなったとかの方が精神ダメージはでかいはず。
それと、今すぐには骨整形は出来ないんじゃないか?10歳以上である程度にならないと骨格は決まらないし、それまでの処置代が凄いだろうね。
彼女が幸せになることを心から願う。両親がこの娘を産んで本当に良かったと思え、彼女が産まれてきて本当に良かったと思えればいい。
こんなとこで偽善ぶったタイトル付けたってしょうがないと思う。小人を身長が不自由な人とか言うバカバカしさに似てる。
ここでジュリアナは人を助けるとか言ってる人たちが偽善者に見えて仕方ない。それはなんかこじつけ感がある。周りの人が勝手に自己満足するだけだと思います。そしてその自己満足はすぐ消える類の自己満。これ見て5体満足に生まれた事に感謝したとしても、だから幸せなのか?
前から思ってたんだけど『能力の無い人』って世の中にいるじゃないですか(少なくとも俺はそう思う)。そういう人の存在価値とか考えても、俺にはどうしても『要らない存在』なんですよ。それは健常者含めてね。しかしその中に障害者はやっぱ多いんですよ。で、俺が思っちゃうのはそういう人達は消してしまいたいんですよ。
でも、俺も親もいるし、身近に介護を仕事にしてる人もいるし、ジュリアナの親の話してるの聞いて彼女の親を尊敬というかいい言葉が見つかんないけど偉大と思う。理性では分かるんですが、本音というか自分の考えをまっすぐ出すと、存在におかしさというかなんか違和感を感じるんです。まぁ冷たい人間なのかな?とも思うけど、それが間違ってもないんじゃないかとも思う。
ここのリンク,トライアスロン選手になったライアン君で有名?なハーレクイン型魚鱗癬の子の写真がけっこう載ってるのな。写真につけられてるコメントは
ライアン君が核の影響で魚鱗癬になったわけではないでしょうが,遺伝子異常があることは確実なので,核実験やら戦争被害やらでこれが増えるのも納得致した。
善の確立した定義ももたんような奴は他人の行為に偽善だのなんだのいちゃもんつける資格すらない。そんなもん俺ももっとらん。
無責任であろうがなんであろうが俺は彼女が幸せになるのを祈らずにはいられない。それが「悪」なら別にそれでもいい。
障害もなく貧困にあえぐこともなく生きてきた甘ちゃんの戯れ言だが、医療の発達した社会生きる我々は、本来(医療が発達してなかったら)淘汰されるべきだった命を守る義務が有ると思う。今生きてる我々も一昔前ならインフルエンザや結核で淘汰されてたかもしれないのだから。そして淘汰されずに生き残った人間がすべて幸せに生きるという保証はないのだから。自己のみを正当化し他者を否定するのは健全な社会ではなかろう。
社会が彼女を迫害し不幸になるのなら我々が社会を変えていけばいい、もしくは努力すればいい。社会が彼女のような人間を受容できる懐の深さを持たない限り、この問題は繰り返し起こり続けるだろう。障害者を胎児段階で殺すのは楽である。だが殺すに値する障害者はどう定義するのか?容姿か?頭脳か?平均よりはるかに劣った人間を障害者とするなら数学的にはいずれ一人をのぞき全員が障害者となる。障害者を胎児段階で殺してはならない。これは門外漢の無責任な発言だ。だがもう一度言う。
というか骨がないだけじゃないですよね、鼻と目が同じ位置にあるし、口は大人より大きくて舌も同じように大きい。募金しても普通の顔になるのは残念ですが無理でしょうね。彼女将来苦しむでしょうね。本当かわいそうです。
私はキリスト教は信じられませんね。神に試されているんだかなんだか知りませんが私が彼女、もしくは彼女のような人たちだったら絶対神を憎みますね。だって、ひどすぎですよ。こんな女の子の顔をあんなふうにするなんて(女の子だから余計かわいそう。男性ならいいというわけじゃありませんよ)
自分はいわゆる仏教の因果ほうぼうを信じていますね。理不尽なことで自分が辛い目にあったりするのではなく、全て自分の罪が自分に帰ってくるという考え方です。
それと、私はあまり偽善者という言葉は好きではありません。みなさんはその定義について勘違いしている人が多いと思います。ちょっと、TVかななにかで貧民街にいる飢えた子供を見てかわいそうだなと思う。しかしそれで彼らのために自分が命をかけて(募金なんかじゃだめ)彼らを救わない限り偽善者のレッテルを張られるのでしょうね。
例えば、非行少年少女の更正に励んでいる水谷先生という方をご存知ですか?彼は私の最も崇拝する高潔なる人格の持ち主です。実際にTVや講演会などに出られていましたので、知ってる方も多いと思います。
私は彼を偽善者呼ばわりし、スレッドなどで平気で「死ね」といえるやつらに対してとても腹が立っています。事実として先生は高齢なのに「夜回り」という、夜、怪しい街などを徘徊し、子供たちの救済をして、睡眠も十分にとれずそれで体が弱ってしまったというのに。しかも彼は非行に走ってしまった少年を守るために暴力団事務所にまで行って親指を潰されたり、行くところもない(または家にいられる状況ではない)彼らを自宅に住まわせたり、普通の人ではできないような立派な行動をしているのに。
後、この先生よりもっと非難されているのが「ヤンキー先生」ですね。元ヤンキーだったからでしょうが、更正し、今は自分も同じように不良少年たちの更生に務めている方々がなぜ「偽善者」呼ばわりされ、あちこちで誹謗中傷されなければならないのでしょうか。私は言いたい。自分の利益なしてそこまでできる彼らより、ならばあなたはそんなにすばらしい人間なのかと。「TVに出たり、講演会に出ている時点で偽善者なんだよ」
あと私がひっかっかったところは漫画なんですが(少女向け)エイズに」かかった友達の血を拭くシーンでだれかが「偽善者」というんですよね。絶対おかしいと思います。確かにエイズは日常生活では感染しにくいという病気と分かっていてもこわくなるのが人間です。それをするという行為に対して」なぜそういう言葉が平気で言えるのでしょうね?
自分が辛い目にあったり、人からされたりすることは、それは過去に自分がしてきたことが自分に返ってきているからだ、という考え方ですよ。
だから例えば自分が病気だらけの体で生まれてきたというならば、それは自分が過去世に人をたくさん殺してきたからだ。とか。逆に自分が善いことをすればそれももちろん何かの形になって返ってくるという。ちゃんと読んでくださいよ。
仏教はだから自分が嫌な状況にいても「これは私がやってきたことが自分の身に振りかかっているんだ。」キリスト教は「これは神が自分を試されているんだ。だから絶対に自分が耐えられないことはない。」と、自分への慰めにもなるんですよね。
自分なら、生まれつき美しい人もいるのに、金持ちの人もいるのに、自分だけ醜く親もいなく飢えていてしかも体に障害があったら神を憎んでも憎みきれませんけどね。ちょっと、自分の感情論入ってしまいましたが、いろんな人が神を肯定したり否定したりしているから私もさせて貰いました。
の追記です…。水谷先生は今「夜回り」のしすぎで体がもうぼろぼろになってしまい今はもう重症で死ぬかもしれないところにまできているそうです。講演会などにも全部キャンセルしているそうです。
私は宗教論を話して自分も信じているといっただけなのに。なぜか私が独善的な自分の信仰を押し付ける迷惑な人にはやがわりしています。
それだけで私が信じていると?あなたこそ短絡的で都合のいい考え方をしていますよ。だいたい罪を犯したことのない人なんているわけないでしょう。それに、いつ私が自分が健常者だと言いました?一般の人=健常者。そういう考えがよく、障害者問題で語っている最中にできますね。これも差別ですよ。知ってますか?
差別はやめてくださいね。そういう差別が平然とでき、尚且つそのような態度で人を見下すことが出来る、あなたこそ人間が薄っぺらいですよ。だいたい、因果応報の何がおかしいんでしょうね?
因果応報はおかしい、だが「これは神の思し召しなのよ」という考え方は世間一般に公布され(これはまあいいんですが)受け入れられる。これ自体がまず宗教差別なんですよね。
あなたたちのいってることを逆手にとれば、「なんで私だけ。私は何もしていないのに」「なんで自分だけこんなに不幸なんだ。あいつはいつも楽しそうだ」と、苦しんでいる人が多くいらっしゃるんですよ。
ですが因果応報なら、「ああそうか。自分はこれだけのことをしてきたんだ、罪は償わなければ償われない、仕方ない」といういわゆる「理不尽」でない思考で自分を慰めることができるんですよ。哲学的にいえばそうだ、と前のレスでいったでしょう。人を見下したレスを平気でするようなら、ちゃんと読むくらいはしてください。
私がいつ、あなたたちに「これは因果応報だ!こいつらはだから障害者に生まれても仕方ない!私は健常者だ!私は何も悪いことなんてしていないぞ!」と言いましたか?キリスト教の考え方をさぞ当たり前(嫌味じゃなく文字通りにとってくださいね)に発言している人たちの中で、こういう考え方もある、と意見していけないんですか?
そうゆう人たちにとってはきれいごとにしか聞こえないかもしれないけど、どんな状態であっても生まれてきた事に意味はある。
因果応報を信じることで世の理不尽なことに説明をつけてはいるがそいつは只の逃避だ。あるかどうかもわからない前世を持ち出して現実の苦境をそいつになすりつけようなんざむしがよすぎるのさ。
不条理なことに対して理由を見出したいと言う気持ちはわかる。しかしだからと言って「因果応報だ」なんて都合のいいことは俺には言えないんでな。
目に見えるものしか信じようとしない俺の心も相当貧しいだろう。だが現実の問題に前世を持ってきてつじつまを合わせようなんていうあんたの意見は只の
因果応報を信じることで世の理不尽なことに説明をつけてはいるがそいつは只の逃避だ。あるかどうかもわからない前世を持ち出して現実の苦境をそいつになすりつけようなんざむしがよすぎるのさ。
不条理なことに対して理由を見出したいと言う気持ちはわかる。しかしだからと言って「因果応報だ」なんて都合のいいことは俺には言えないんでな。
目に見えるものしか信じようとしない俺の心も相当貧しいだろう。だが現実の問題に前世を持ってきてつじつまを合わせようなんていうあんたの意見は只の
いやぁ、今日初めてこの子の事を知って動画見たわけだけど・・・。かなり衝撃受けた。前にテレビで老化が早いエミリーちゃんって言う子の番組見て、あれもかなり衝撃的だったけど、これはそれを遥かに上回るね。エミリーちゃんは普通に会話も出来るし、食事も取れるけど、このジュリアンちゃんは会話が出来ないし、食事もとれないから栄養摂取もかなり困難のようだね・・・。実は俺も唇の病気で自分の顔にかなりコンプレックス持っていたけど、彼女を見て「ああ、自分はまだmだ恵まれているんだな」と思った。彼女にはとにかく幸せになってほしい。自我が芽生えて色々と苦痛に思う時が来るかもしれないけど、何とか乗り越えてもらいたいと思う。でもその反面、「辛い人生を歩むより、生まれて来ない方が彼女のためだったのかな?」とも思う。今非常に複雑な気持ちです。両親は大変だろうな。でも親父さんの笑顔で少し報われた様な気がする。こういう子を持った親の気持ちなんて俺にはとても計り知れないけど、とにかく頑張ってほしいです。
少なくともアメリカは人種のるつぼで、自由の国で、何でもありっていう所があるから、日本よりは住みやすいよね。
どちらも同意できますね。生きていて明らかに苦労を背負うだろうこの娘を生かしておいてソレが親の愛といえるのだろうかと確かにかんがえます。
でもなんか周りの人間の笑顔を見ているとこの娘は普通の人にはわからない幸せを感じることができるんじゃないかと思います。勿論普通の人には感じることのできない不幸もでしょうが。そう思うとこれも個性なのかな、と思ってしまいます。
疎んでもうらやましがっても彼女の感じる幸せや不幸は五体満足で生まれてきた人間には絶対にわからないのだから議論は意味が無いとも思いますがここを読むといろいろな意見が聞けて新しい考え方を教わっています。そういった意味でジュリアナちゃんの起こした二次作用なのかなとも思います。
こんなところに議論して意見をぶつける場を提供してくれてるだけでもジュリアナちゃんは意味を持った存在だなぁと考えてしまう小さな人間でした。
まともに見た時はびっくりしましたが、なれればどうって事ないですね。女の人の肩に甘えているのなんかも、ほのぼの感ありありじゃないっすか。今だけかも知れないけど・・・・
人それぞれだと思うけど、身近にいたり頻繁に見ていたりすれば慣れると思った。人間の適応力は図りしれない。
映像見て一瞬ひるんだけど終わりのほうにはそれほど感じなくなった。彼女の顔以外やしぐさが普通の女の子となんら変わらなかったからだと思う。
彼女への募金は直接届くから安心。自分の友達なんて大きいボランティア団体で役員やってるが、集まった善意の金を私用で使っていたりするぞ。集まった全体の金にくらべれば小額だが、善意を裏で無駄遣いするとは許されるべき行為ではないね。そーゆー団体役員どの国も多そうだし、ともあれ賢い勃起んは個人宛に限る。的をしぼってドピュっと気持ちよく出そう。
どんな猛烈な奇形でも、毎日見てる家族達は慣れると思うけどね。両親ですら、最初は耐えられないほど気持ち悪いと思ったと思うけど。その顔に見慣れ、赤ちゃんが親に反応しだしたりすると、やっぱりかわいいと思うんじゃないか。
彼女が幸せになってくれればいいなんて思ったけど、よく考えるとそれは俺の自己満足だなって思った。他人がなんだかんだいってもどうにもなんないし。両親の選択を間違いだなんて言う資格がある人間はいないはず。殺すとか安楽死って言葉が出てたのが悲しかった。彼らの生活を見守ることは出来ないけど、こんな家族もいるってことを忘れずに生きていこうと思った。
障害者の方の意見で「生まれた時からこうだから、不便に感じない」というのがありましたが、僕の知っている障害者の方は「なんで私だけ!」とやり場無く憤っている方もいますよ。
幸せになってほしい、なんて軽々しく言えないけど、それでもやはり彼女には、辛い手術だけどそれを乗り越えて、いつか本当の顔になってほしい、と思った。
ところでさー、コメントってその人の人間性モロだしって感じになるよね。彼氏の意見聞いたら、その人信じられなくなったよぅ・・・。そいつは周りからいいルックスしてるって言われてるし、さいしょは私もつられたけど、性格の醜さ見たらオエってかんじ。興ざめだよ・・・。
生かすの殺すの言っておられますが、現状で生きている(生まれてきている)わけですし、そのコメントは意味がないと思います。
また、ジュリアナちゃんが生まれてきた意味なんてものを言われる方もいらっしゃいますが、生まれてくることにも、生きていくことにも意味はないんではないでしょうか。どなたかが書いてらっしゃいましたが、「生きることが目標になる」って、みんなそうじゃないんですかね。健常者と言われる人間は生きることは当たり前と思ってますが、死なないってだけですよ。
ジュリアナちゃんを見て、いろいろな意見が出て、何かしらをみなさんが考えることは悪いことではないと思いますが、全体に思い込みが激しくないですかね。「所詮他人事」と言ってる方が特に。
このままで過ごすとなると、大変と言う言葉だけじゃ足りないほどの苦難が待ち受けているだろうから、手術でどうにかなるなら、せめて真っ直ぐに彼女を見られるぐらいに治してあげて。
この子が生きてて幸せかどうかはわからないけど、生まれる前に殺してあげたほうが幸せだったって言うのは短絡過ぎると思う。
「俺が親なら殺す」「自分なら自殺する」と書いた人。彼女はあなた(我々)なんかより、よほど世間的に意味のある「生」を授かった。それを証拠にこんなに有名じゃないですか。彼女の世間に対する影響力はすさまじい物になるでしょう。彼女の存在によって救われる人も多くいるでしょうよ。
ここでジュリアナは人を助けるとか言ってる人たちが偽善者に見えて仕方ない。それはなんかこじつけ感がある。周りの人が勝手に自己満足するだけだと思います。そしてその自己満足はすぐ消える類の自己満。これ見て5体満足に生まれた事に感謝したとしても、だから幸せなのか?
前から思ってたんだけど『能力の無い人』って世の中にいるじゃないですか(少なくとも俺はそう思う)。そういう人の存在価値とか考えても、俺にはどうしても『要らない存在』なんですよ。それは健常者含めてね。しかしその中に障害者はやっぱ多いんですよ。で、俺が思っちゃうのはそういう人達は消してしまいたいんですよ。
でも、俺も親もいるし、身近に介護を仕事にしてる人もいるし、ジュリアナの親の話してるの聞いて彼女の親を尊敬というかいい言葉が見つかんないけど偉大と思う。理性では分かるんですが、本音というか自分の考えをまっすぐ出すと、存在におかしさというかなんか違和感を感じるんです。まぁ冷たい人間なのかな?とも思うけど、それが間違ってもないんじゃないかとも思う。
あなたは「能力のある人」? あなたは人間社会にどれだけ影響を施していますか? どれだけ貢献していますか? あなたは自分がジュリアナちゃんより「必要な人間」だと思いますか? ジュリアナちゃんとあなた、どちらが「必要」か10000人にアンケートをとったとしましょう。 あなたは何票とる自信がありますか?
ジュリアンナが生まれたこと、メディアでこうして取り上げられた意味を脳みそ稼動させて考えられない低脳は、そうやって器量の無さ、人間としての社会不適合性を晒して、せいぜい恥を知らねー人格をぶざまにアピールしてくらはい。
ジュリアンナを守ろうとする者は両親、姉、医療従事者だけじゃなく、分かつ意義を知る有志達と大勢いるんだよ。
65億人に達しようとする半数が死んでも、人類種の保存に問題は無いと乾いた意見も言いたいなら、どーぞ。
びっくりするのは最初だけだよね。なれちゃえば外見は問題じゃないよ。結局は、心と心の関係が一番重要ってこと。
例えば、三重苦を背負ったヘレンケラーの人生が無駄だった、子供のうちに殺しておくべきだったなんて談じるのは、くだらない不毛論ということだよ。
また、彼女のご両親を責めるのはもってのほかだし、その資格があるとすれば、それこそ手術で必要とされる全額を寄金した人ぐらいだろうね。
意外と可愛いくてホッとしました。必要以上に整形手術をすることのほうが両親にたいする恨みにつながるような気が・・・きっとかわいいかわいいって育てればかわいくなりますよ☆
でも、子供の訓練先で、手足のまったくない子が挨拶してくれたり、器具やチューブいっぱいの子、顔が普通と違う子、よだれが止まらない大きな子。。。見て 内心ひるみまくり、ひるんだ自分に嫌気が差します。もちろんビデオも見ましたが
ひるみっぱなしです。でも別の投稿にもあったように、徐々に慣れてきますね。見た事がない、知らないから怖く感じるのでしょうか。
「いつも うちの子に 声掛けてくれてありがとう、でも、あの子が返事をしないのは、みみが聞こえないからなの。」「私は がんだけど おかしなこと言うのは頭のがんのせいじゃないわよ、あはは。」車椅子の人が、「私はコレコレができないのですが、手伝ってくれますか」と、普通の会話でいってました。手伝えれば手伝うし、できなければ断ればいいと感じました。
たぶん うちのこの障害(発達障害、知的にも少々?)も、私は気が付かなかったけど、周りの人は気づいてたんだろうけど(今思えば なんとなく気にかけてくれて 助けてくれた人がいたので)、まったく問題にならなかったし いじめられもしなかった。普通の学校に行ってました。あたりまえに、普通に、あつかってもらえました。「周りと比べる意味はない、彼が ここが居心地良く感じ、かれのペースで成長すればそれでいい」といってもらってました。もちろん叱ってももらい。
障害や病気って、恥ずかしいことでも劣ったことでもないですし。かわいそうとかがんばってるといわれても、正直、??なぜ?と思ってしまいます。
うちの子も、「みんなはできるのに自分は これがまだできない なんだか自分は変わってる」 ってことは知っています。馬鹿にされたり からかわれたりもあるようです。でもそれは誰にでもあることで。
生んだ親を恨む可能性も、人生を幸せと感じるかそうでないかも、障害のあるなしにあまり関係ない気もします。
私はですが、子供に障害があるとわかってからのほうが生き易くなりました。無理して標準に見せる必要はなかった、平均値にならなくていいのだ、と。
どうも付き合いにくいなと感じる相手が、見分けやすくなったから。差別がひどい人が あちらから去ってくれるから。
差別心を薄くするのは自分のためです。いろんな文化を 拒否し続けるより、知る、交流するほうが面白いから…
支離滅裂のひとりごとです(どのコメントを批判、とか 障害を持つ子の親はみんなこう思ってる、とかいう気はありません)が 長々とすみません。
身近に不幸を感じるのが上手な人がいて、いつも引きずられて苦しいのであんまり親身に考えない癖がついてて、この記事も応援してるよと思っただけで忘れてしまうのかと思った。
自分で浅ましくも臆病な腑抜けぶりを晒すのは悪くはないと思うけれど、ジュリアナのご両親が親として、どれほど立派であるかを称えて尊敬する方向に向けば一段階、人間としてグレードアップで